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◆ 朝。俺は寝起きに見た携帯電話の示す時刻に目を丸くし、危うく学校を目指して家を飛び出さんとしていたところを 俺にすこし遅れて目を覚ました長門によって静止された。 「今日は、土曜日」 片手で不器用そうに眼鏡を掛けながら、長門は言った。 ただ寝ぼけていたから、曜日の感覚がなくなった。というわけでもないだろう。 昨日一日で、俺の脳に飛び込んできた出来事があまりにも多すぎて 俺の脳の許容量はとっくに振り切れていたのかもしれない。 何しろ、朝一で朝倉が消え、気も休まらぬうちにハルヒの死を聞かされ。 そして、夜はと言えば…… 「……あの、私、服を」 いつの間にか、ぼんやりと長門を見つめていた俺に向かって 長門は恥じらいなのか、戸惑いなのかわからないような表情で目を泳がせながら、そう呟いた。 一瞬の間の後で、俺はあわてて、長門の肌から視線を逸らした。 ◆ あー、さて。 ……これ以上、自分をバカ呼ばわりして時間を潰しても、何も変わりはしない。 色々なことを頭の中に詰め込まれすぎた所為で、それが分からなくなってた。 けど、今なら分かる。 長門。お前のおかげだよ。 俺は探すよ。 途中であきらめたりしない、見つかるまで探してやる。 俺は帰らなくちゃならないんだ。 俺がもともと居た、あの世界へ。 それが俺にとっての、正しい世界なんだ。 そして……長門。 お前にとっても、きっと。 ◆ コタツとフローリングの上に、窓から差し込む午前の光が差している。 その日光を避けるようにして、リビングの隅。制服姿の俺と、ハイネックのセーターに身を包んだ長門とが、まるで将棋の対局でもおっぱじめようとしているかのごとく、正座をして、小ぢんまりと向かい合っていた。 まず、一つ一つ整理して考えてみよう。 と言っても。俺の頭の中に散らばっているものといえば、いまだに現状を理解できていない俺が、貧困な想像力で導き出した仮定事項に過ぎないガラクタばかりであり、それらを並び替える事で、たとえ何かが導き出されたとしても、それがこの闇雲の世界を切り裂く、光の矢となってくれる確率が、はたしてどれほど在るだろうか。という話ではあるのだが。 しかし。今は俺たちにできることをやると決めたのだ。 涼宮ハルヒが死んだ。 まず、何故ハルヒが死ななければならなかったというのか。 あるいはそれは、この平凡な世界が当たり前に進んでゆく上で、この世界における涼宮ハルヒの運命が、昨日の午前までで終わっていたという、ただそれだけのことなのか。 その可能性はゼロではない。 そもそも。俺は勝手に、涼宮ハルヒこそが、この世界の謎を解き明かす最大の鍵のように思っていたが、かつての世界で非常識の役割を担っていた人々が、軒並み平凡な人間へと変わったこの世界において、果たして涼宮ハルヒは、本当に俺にとって、鍵となり得る存在だったのか? それすらも分からない。 この世界にハルヒが存在していたことに、意味はあったのか? そして、この世界のハルヒが死んだことに、意味はあるのか。 その問いかけに対する俺の返答は、こうだ。 『なかった/ないのかもしれないが、あった/あると思う。 何故なら。ハルヒの死という出来事は、単独で起きた事件ではなかったからだ』 昨日、涼宮ハルヒがこの世界から消え去った。 それと同時に。俺の前から消えた人間が居たじゃないか。 「朝倉だ」 俺がその名前を呟くと、長門が一瞬体を震わせたような気がした。 一昨日の夜を最後に、俺たちの前に姿を現して居ない朝倉。 朝倉が消え、涼宮ハルヒが死んだ。 この二つの出来事の間に、繋がりがあると考えてしまうのは、俺の例の病気の所為なのだろうか? そう。やはり―――朝倉涼子は、ただの平凡な女学生などでは、なかった。 そう仮定して、話を進めさせてもらう。 では、朝倉がハルヒを殺したのか? それは分からない。そう断定できるわけじゃない。 ただ、朝倉が何らかの形で、ハルヒの死に関わっていた。 それだけは間違いないと、俺は断言できる。ああ、できるとも。 そうでもしなければ、臆病者の俺は、動くことも出来なくなっちまうからな。 ハルヒが仮に、鍵であり。 朝倉が仮に、ハルヒの死に関わっていたとする。 ハルヒが鍵であるが故に死んだとし。 ならば朝倉は、ハルヒが鍵であることを知っていたのではないか? ……むちゃくちゃだと思っただろう。正直言って、俺もそう思う。 では、もっと分かりやすく言ってやろうか。 つまり。 俺が今思いつける手がかりらしきものは、朝倉ぐらいしかないんだよ。 消えた朝倉を探す。 それが今、俺たちができる、ただ一つのことである。 反論があったなら、代替案を添えて、今日中に俺に提出してくれ。 ◆ 時計の針が十時を回るのを待って、俺と長門はマンションを出た。 「学校に行こう」 朝倉を探すために何をするべきか。俺たちが考えた結果、導き出された最初の一手は、それだった。 昨日今日と、長門は何度か、携帯電話を用いて朝倉とコンタクトを取ろうとしているらしい。 しかし、先方は終始だんまり。まあ、おかけになった番号は現在使われておりません。などと言われていないだけマシというものか。 となれば、次は目撃証言を募ってみようという、単純な考えだ。 朝倉は校内ではちょっとした有名人である。北高の生徒たちの中に、昨日今日で朝倉を見かけたというものがいるかもしれない。 あいにく今日は土曜日であり、話を聞くことができるのは、部活動に勤しむ生徒たち限定だが。 ◆ さて。休日の学校内を長門と巡るうちに、一時間あまりの時間が経過していた。 時刻は丁度正午過ぎ。俺と長門は、あらかたを回り終えた後、いつもの文芸部室にて休憩を取っていた。 端的に言うと、収穫はゼロ。誰一人として、朝倉涼子の姿を見たという生徒は存在しなかった。 まあ、正直に言わせてもらえば、こんなことは想定の範囲内である。 こうしてすこし聞き込みを行うだけで、とんとん拍子に朝倉涼子の足取りが掴めるなどとは思っていなかったさ。 ……そうなってくれたなら、ありがたいことこの上なかったのだが。 俺は長門が淹れてくれたホットティーをのカップを片手に持ったまま 一月前のあの日と同様に、本棚に並べられた書物の背表紙に目を通していた。 「……やっぱり、ないか」 あらかた目を通し終えた後で、呟く。 俺が探しているのは……おそらく、皆さんの想像通りのものだろう。タイトルは忘れてしまった。俺がこのSOS団に入った直後、長門が俺へのメッセージと共に託してくれた、あの一冊だ。 一月前、初めてこの世界の文芸部室を訪れたときも、俺はあの一冊の本を探し求めて、この本棚をくまなく探したのだ。 今、こうして改めて探してみたら、こんなところにちゃんとあったじゃあないか。……そんな展開をうっすらと期待していたのだが、世界はそれほど甘くもなく、俺はそれほどうっかりさんでもなかったようだ。 「あの本、なんつったかな」 「ダン・シモンズ『ハイペリオン』」 「は?」 不意に。背後で長門の声がして、俺は思わず声を上げながら、振り返った。 パソコンの前に腰をかけ、何ということはない、不思議な表情で俺を見ている長門。 お前……今、なんて言った? 「その……探してる本って、もしかして、ダン・シモンズの『ハイペリオン』?」 ああ? ハイペリオン? ああ。そうだ。言われてみれば、そんなタイトルだったかもしれん。 やけに分厚い癖に、表紙には陳腐なカタカナのロゴが書いてあって…… 「おい、ちょっと待て」 何故、この長門が、俺がその本を探していると分かるんだ? 「長門、その本、あるのか」 「今は、ない」 長門はすこし考えるように首をかしげ 「……確か、前に、朝倉さんが……借りていった」 何だと? 朝倉涼子が、あの本を。長門、そりゃいつの話だ。 「……あなたが始めてこの部屋に来る、すこし前」 つまり。 十二月十八日の放課後。なんだな? 「……そう」 ―――決まりだ。 俺の頭の中で、噛み合っていなかった部品と部品が、今、この瞬間。 どでかい音を立てながら、確かに、繋がった。 朝倉涼子なら。 奴なら、以前長門が、あの本を通じて俺にメッセージを託したことも知っているはずだ。 朝倉涼子なら。 奴なら、俺が。長門のメッセージを求めて、あの本を探すことも、予想できるはずだ。 朝倉涼子なら―――― 「長門、朝倉の家に行こう」 「え、あ、朝倉さんの?」 間違いはない。 やはり朝倉涼子だったのだ。 朝倉涼子は、俺の知る朝倉涼子だったのだ。 俺が見つけるべきだったものは全て、あの女の先回りによって、隠し遂せられていた。 何故だ? 朝倉は何故、俺の邪魔をしたのだ? すこし考えれば、見当はつく。 そうだ。 あの女は、もう一度消えたくなかったのだ。 一体誰の気まぐれで、この世界が生まれたのかは分からない。 だが、朝倉は間違いなく、この世界の発生と共に、再び存在を手に入れた。 そして……そうだ。何よりも。 長門。 朝倉涼子は、もう二度と、長門有希から離れたくなかったのだ。 だからあの女は、俺がこの世界を解き明かすことを妨げたんだ。 だとしたら―――そうだ。やはり、ハルヒを殺したのも――――― 「うわっ」 俺が、ドアノブを引きちぎるような勢いで、廊下への扉を開け放った瞬間。 目の前で、どこかで聴いたような、粘り気のある男の声が聞こえた。 「え……」 例によって俺を追いかけてきてくれようとしていたのだろう、俺のすぐ斜め後ろへとやってきていたらしい長門が、開け放たれた扉の向こうに居た人物を見て、声を上げる。 そして、俺もまた。そいつの顔を見た瞬間―――いっそ、笑っちまいそうになったね。 「……あの、すみません。何が……おきているんでしょうか?」 何がおきているか、だと? てめえ、何を今頃出てきておいて、俺のセリフを奪ってるんだ。 そのセリフはな。一月前から、俺がお前に投げかけたくて仕方なかったセリフなんだよ。 「……会いたかったぜ」 「はい?」 数多のセリフが頭をよぎった果てに、俺の口からこぼれたのは、そんな一言だった。 そいつは、本当にワケが分からないと言った様子で、眉を顰めながら、俺の顔を凝視している。 一月ぶりに見る、古泉一樹の顔。 それはいつものニヤけ面とは程遠い、戸惑いを絵に描いたような困り顔だった。 つづく
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28章 『両涼あいまみえる~第1R~』 /『両涼あいまみえる~第2R~』 /『両涼あいまみえる~第3R~』 (18禁) /『両涼あいまみえる~試合終了後~』 43章 『閉鎖空間に消ゆ』 48章 『でいあふたーとぅもろー』 67章 『またこの学校に戻ってきました』 01/02
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終章 病院の中に入るとわかるが、その中は外の世界と一種隔絶された独特の臭いというものが漂っている。消毒液の臭いだけじゃなく、なんていうか……なんて言うんだろうな。清潔そうな臭い? ともかくそんな臭いだ。 「あなたが悪いわけではない」 と、朝倉が消えた教室内で呆然としている俺に向かって、長門はそう言った。 「朝倉涼子の行動には矛盾がある。自分が消えること。自分が存在すること。その両方を強く望んだ。でもその矛盾は……人として当たり前のこと」 「……そうか」 「彼女を受け入れなければならなかったのは、あたし。でも彼女はあたしではなく、あなたにそれを求めた。あたしなら理解できる。彼女とあたしは同じだから。だから、あたしのせい」 「それは、違うだろうな」 「違わない。あたしも、」 「違う。長門と朝倉はまったく違う。おまえはおまえだし、朝倉は朝倉だ。そうだろ」 「……そう」 長門はそれ以上、何も言わなかった。俺も、何かを言う言葉が見つからない。ああ、でも。 「ミヨキチ、目覚めるよな」 「すぐに、とは言えない。でも、大丈夫」 「そうか」 「吉村美代子の心は、彼女だけのもの」 「そうだよな。それが当たり前だ」 俺の席で意識を失ってるミヨキチを見て、俺は安堵と別の感情も吐息と一緒に吐き出した。その足下に、何かが落ちていた。落ちていたのは、いつぞや俺がプレゼントした髪留めだった。 「もし、おまえが言うように俺がここに来なければ、別の結末もあったかな?」 髪留めを拾い上げながら、長門にそんなことを聞く俺も、どうかしている。すでに結果が出ている話を掘り返したって詮無いことだ。それはわかっている。わかっていても、尋ねずにはいられなかった。 「……わからない。でも、これが最善とあたしは判断する」 「そうか?」 「そう。だから」 長門は小さな声でただ一言『ごめんなさい』と言った。けれどその言葉には、文字通りの意味だけではなく、別の気持ちも込められていたように感じた。 さすがに土曜日ともなると、病院のロビーに人はいない。ある種、閑散としていて場所が場所だけに薄気味悪さを感じることもある。ただ、入院病棟はそうでもない。絶えず看護師が行き交い、清掃の人たちが病室を出入りしていて何かとあわただしいもんだ。俺も入院していたときに、初めてそれを知った。 目を覚まさないミヨキチを、そのまま北高の教室に放置しておくわけにもいかない。心神喪失状態ってやつだから、おぶって家に連れて行くわけにもいかないだろう。両親は長門や喜緑さんのせいで出張だっけ? ともかく、俺は古泉に連絡を取って、いつぞや俺が入院した病院まで連れて行くことにした。 その病院の待合室で、古泉はいつものような微笑みを浮かべて声をかけてきた。 「決着しましたか」 「おまえの言う決着が何かしらんが、連絡したことで予想はついてるだろ。もしくは、俺を監視してたんじゃないのか?」 「さて」 俺の隣に座った古泉は、手に持っていた缶コーヒーを俺に渡した。何も言わずそれを受け取り、口を付けずそれを見ている俺に、古泉は言葉を続ける。 「吉村さんのご両親には連絡をしておきました。ただ、疲れがたまって倒れたのだろう、ということにしてあります。事件性については否定していろいろでっち上げてますので、ボロを出さないように頼みます」 「そりゃ助かる」 「感謝するのは僕の方ですよ」 こいつに感謝の意を述べられると、どうにも嫌な予感がする。じろりと睨んでやると、古泉はやれやれと言わんばかりに肩をすくめた。 「朝倉涼子の一件は涼宮さんと関係ないことですから。涼宮さんの周囲をに暗躍する敵対組織の対応で手一杯なんですよ、『機関』も」 「だから俺に丸投げしたわけか」 「包み隠さず言えば、その通りです」 そこまで状況把握で人を動かせるなら、どうしておまえはボードゲームがそこまで弱いんだ? もしかして、いつもわざと負けてるんじゃないだろうな? だからと言って、古泉に文句を言うのもお門違いか。逆に『機関』が絡んでくると、ますます厄介なことになっていたかもしれない。これ以上、話がこじれたらどうしようもないしな。 「おまえに助けられたとき、感謝なんてするんじゃなかったよ。あれも込みで『機関』の筋書き通りか?」 「あなたに恩を売れるなら、僕の独断専行と判断していただいて結構ですよ」 「それなら『機関』の筋書き通りってことにしておく」 珍しく声を出して笑う古泉は、これ以上の会話は必要ないとばかりに腰を上げた。 「それでは明日、学校で」 「ああ。面倒かけたな」 素直に出た言葉なのに、古泉は何か言いたそうな表情を見せたが、すぐにいつもの……いつもと違うな、普通に微笑むような表情を見せた。 「お互い様です」 ミヨキチが目を覚ましたという話を聞いたのは、昨日の金曜日のこと。妹からの伝聞であり、妹自身はその日のうちに見舞いに行った。 けれど、俺は行かなかった。駆けつけるべきと思う気持ちと、顔を出すべきじゃない、という思いがせめぎ合って、けっきょく行かないことを選択した。理由はいろいろあるが、何よりミヨキチが何をどこまで覚えているのか、はっきりしない。だから先に見舞いに行った妹から話を聞いて、決めようと思った。 古泉が去るのと入れ違いで現れたミヨキチの両親に挨拶をして、その日は家に帰った。一日まるまる家を空けていたこともあって親には苦言を呈されたが、それでも古泉が何かと手回ししてくれていたおかげで、そこまででかい雷が落ちなかったのは幸いだ。 特大の雷が落ちたのは、翌日木曜日、登校した俺を待ちかまえていたその人からだった。 涙目で口を横一文字に結び、珍しく眉をつり上げて俺を睨んでいたのは、朝比奈さん。両手で鞄を掴むその手は慎ましやかなのに、醸し出すオーラはいつぞやのハルヒを彷彿させる。 「うわぁ~……」 と、声に出したつもりはなかったが、どうやら声に出てしまったらしい。つかつかと歩み寄ってきた朝比奈さんは、俺の目前まで近付くと、下から睨め付けるように見上げてきた。 「キョンくん、あたしに何か言うことありませんか?」 頭の中ではここでボケるべきかどうか悩んだが、目の前の朝比奈さんを見ればそういう空気じゃないことはわかる。こう見えても、ハルヒと違って空気は読めるんだ。 「心配かけて、すいません」 俺がそう言うと、朝比奈さんは人目をはばからず大粒の涙をボロボロ流し始めた。それだけならまだしも、大声を上げて泣き出すものだから、周囲の目がもの凄い勢いで突き刺さる。 こりゃもう、今日は無事に済まないなという予感がヒシヒシと感じられた。『朝比奈みくるファンクラブ』なるものが実在するのかどうか知らないが、仮にそんなものがあれば抹殺されかねないほどの視線を集めた。 「す、すいません朝比奈さん。ええっとその、なんかいろいろ迷惑かけちゃったみたいで、おまけにその……心配かけちゃいましたか?」 「あ、あだりまえじゃないでずがあああああっ! ぜっ、全然、ひっく、昨日も、ぐず、連絡くれなくて、うぅ……、どれだけ心配しでだと思ってるんですかあああああ」 いや、すいません。ホント、すいません。マジでごめんなさい。平身低頭して謝っていると、なんとか朝比奈さんの泣き声も収まってきた。 「でも、うぅ~……、キョンくんが無事で、よ、よかったですぅ。もう……ぐすっ、大丈夫なんですよね?」 「ええ……たぶん」 「たぶん、なんですか……?」 「え? いや、もう大丈夫です。万事解決です。なんの憂いもありません。おーるおっけーってヤツです」 「そうですか」 なんとも言えない雰囲気と、なんとかしないとなぁと思う朝比奈さんの愁いを帯びた表情を前に、俺は胸の内で頭を抱えた。これはやっぱり、俺のせいでここまでふさぎ込んでるんだよなぁ……。逆を言えば、俺のためにそこまで気を病んでくれて有り難い、と思うべきか。 「朝比奈さん、朝倉が消えて未来は何か変わるんですかね?」 「いえ……それはないと思います。詳しくは……ごめんなさい、禁則事項です」 「そうですか」 なんとなく、想像はできる。以前、朝比奈さん(大)が言っていた。歴史は多少のズレなら自己修復する、と。分岐点にすらなっていない出来事はそういうものらしい。 おそらく、今回の出来事は『多少のズレ』ってヤツだ。朝倉が生き残る未来では朝倉自身が主体となる事件が、今の歴史では朝倉以外の何者かが同じことを起こす事件として、歴史に刻まれることになるんだろう。 その程度のものなんだ。俺にとっては一大事の出来事だが、世界にとっては些細なこと。そして今回の出来事に朝比奈さん(大)が関わってこないのは、朝比奈さん(大)が知る未来には関係のない出来事だったからだろう。時間遡航は、俺に対するサービスみたいなもんだったんじゃないだろうか。 それでいいと思う。 俺はハルヒと違って世界の中心に居座る気はない。その中心になるのはハルヒだけで十分だし、俺はそのサポート役だ。当事者になることに文句はないが、主役になれる器じゃない。むしろその点だけは謹んで辞退しよう。 「キョンくん、ひとつだけ約束してください」 「え? あ、はい。なんでも言って下さい」 これ以上、泣かれちゃたまらん。その約束とやらで事なきを得るなら、なんだってやってやりますとも、ええ。 「今日こそは、一緒に帰りましょうね」 「え? っと、それでいいんですか?」 「キョンくん、最近ウソばっかりです……。だから、約束してください。ちゃんとですよ」 それを言われるとツライな……。 「わ、わかりました。でも、ホントにそれだけでいいんですか?」 「もちろんです」 エンジェルスマイルを見せる朝比奈さんに、俺は首を傾げるしかない。 ホントにそれだけでいいんだろうか? もっと何かこう、あるかと思っていたが……そんなものでよければ、何回だろうと一緒に帰りますとも。 ミヨキチが入院している病室は、最上階の個室病棟。それだけでかなりの金がかかりそうだが、病院が病院だしな。古泉のおかげか、格安の料金で済んでるようだ。 目覚めて一日経っているが、以前の記憶が曖昧……特にこの一年の記憶はところどころ朧気ということもあって、目が覚めても入院することとなっている。 倒れたことでの、軽度の記憶喪失。 医者の診断をかみ砕いて言えば、そういうことらしい。もちろん、実際は違う。実際は心の半分──朝倉のことだ──を失ったわけだから、記憶が曖昧なのも仕方がないこと……なのかもしれないな。 教室の引き戸の前で、自分の席に目を向ける。なんか久しぶりに朝から学校に来た気分だ。健全な一高校生のはずなのにな、約二日も無断欠席しちまった。 そんな懐かしさを覚える自分の席の後ろ、そこを指定席にしているヤツが、眉間にしわを寄せ、口の端をやや釣り上げて俺を手招きしている。 やれやれだ。様々な意味合いを込めて、敢えて、何度でも、しつこいくらいに繰り返してやる。ああ、やれやれ。 「よう」 「ちょっとはマシな顔になったわね」 おまえはいつから人相占いができるようになったんだ。 ふふん、と鼻で笑って、ハルヒはノートの束を俺に差しだした。なんだコレは? 「あんたがいなかった間の授業のノート。あんたの成績考えるとね、こういうこともしたくなるのよ」 「へぇ~」 ハルヒのノートだ。下手な塾の問題集よりも役に立ちそうだな。こればっかりは素直に感謝しておこう。ありがとさん。 「なんか軽いわね……。ま、いいわ。ノート一冊につき、学食一食分にまけといてあげる」 「……やっぱ返すわ」 「冗談よ」 今の目は九割九分、本気だったな。おまえの冗談は笑えないからやめてくれ。 「で、悩み事は解決した?」 「さぁ……どうかな」 「ふーん。やっぱ、何か悩んでたってわけね」 あれ? もしかして俺、自爆したか? 「さて、自白したところでそろそろ話してもらいましょうかねぇ?」 まるで悪の秘密結社のボスみたいなニヤリ笑いをするハルヒに、俺は何と言うべきだろうね。頑なに口を閉ざして、また殴られるハメになるのは勘弁してほしい。かといって、ありのままを話せるわけもなく……ああ、別の悩みがあったな。 「いや、おまえには関係ない話なんだけどな」 「へぇ~、また殴られたいってわけ?」 「話は最後まで聞けって。月曜日に部室に来たミヨキチ、覚えてるよな?」 「あんたとちがって健忘症じゃないから、もちろん覚えてるわよ」 おまえはいつも一言多いな……。 「ともかく、そのミヨキチが入院したんだ。まだ目を覚ましていなくて、心配でさ」 「えっ? ちょっ、ちょっと、入院して目を覚まさないだなんて大事じゃない!? あんたね、なんであたしにさっさと話さなかったのよ!」 「は? いや、おまえに話したって仕方ないだろ。もう入院してるし、原因も心身疲労だって話だ。そのうち目は覚ますはずだから、」 「あんた、正真正銘天然記念物もののレッドリスト登録間違いなしで絶滅危惧種ばりのアンポンタンね! 医者がなんだっていうのよ!? そういうときは付きっきりで看病してあげるもんでしょ!」 いや、うん。まぁ、なんと言うか……。それはあれか? 俺が入院したときの自分の姿を投影した発言か? つまり俺に付きっきりで看病して来い、って言うわけだな? じゃあ、今から行ってくるがそれでホントにいいんだな? 「ああ……そうね、あんたの成績じゃこれ以上、授業をサボるのはマズイわね。しょーがないわね、このあたしが特別に付きっきりで看病してきてあげるわ」 おい、今最後にぼそっと「聞きたいこともあるしね」とかなんとか言わなかったか? 眠り続けている相手に、おまえはどんな暗示をかけるつもりだ。 「まてマテ待て、待ってくれ」 おまえが行ってどうする。とても微笑ましく見守れる展開になるとは思えないのは俺だけか? 頼むからもうちょっとこう……地に足の着いた物の考えをしてくれ。 「おまえの気持ちは有り難い。そりゃ感涙ものだ。世間が許せば、おまえがナイチンゲールの名を継承してもいいだろう。だがちょっと待て」 「何? あたしの献身的な介護を邪魔しようってわけ?」 「だからな、相手は眠り続けてるわけだ。俺のときはそりゃあ感謝したが、相手はミヨキチだ。目が覚めておまえがいたとなりゃ、そりゃあなんつーか、また気絶しかねん」 「……それ、どういう意味?」 「深い意味はない。いやな、だから今の俺たちにできることは、だ。一日でも早く目覚めてくれと祈ることなんだよ。医者の話ではそんな深刻なものではないらしい。それにここで俺たちが押しかけても、相手の親にいらない気苦労をかけちまうだろ? 娘が倒れたってことでも一大事だ。そこにあまり縁の薄いおまえが駆けつけたところで、余計に気苦労をかけちまう。そこまで心配してくれるなら、おまえも一刻でも早く目覚めるように祈ってやってくれ」 「そりゃそうかもだけどさ。なんていうか、知り合いがそういうことになってるって聞けば、居ても立ってもいられないじゃない」 たった一度、しかもちょこっと部室に顔を出しただけの相手でも、ハルヒにとってはそこまで心配する相手、ということらしい。まぁ……そういうとこだけは俺も見習うべきかね。 「目が覚めて元気になったらお見舞いに行ってくれ。だからさ、もうちょっと落ち着けって」 「……はぁ、やだやだ。あんた、インドの山奥で修行して悟りでも開いたの? そこまで冷静だと、なんかつめた~い男って感じね」 「バカ言え。俺ほど無駄に気苦労を背負う苦労人は滅多にいないぞ」 「あら、そこまで言うならね、もうちょっとあたしに相談してくれてもいいのよ? あんたの悩みなら、パパッと解決してあげるわ」 「……昼飯一食分で、か?」 そう言うと、ハルヒは一瞬虚を突かれたような顔を見せたが、すぐにウソのような春爛漫桜満開と形容するに相応しい笑みを浮かべた。 「それはあんたの態度次第よ」 こいつは……俺にどんな態度を取れって言うのかね? そんなハルヒが願ってくれたおかげか、それともただの偶然か、翌日になってミヨキチは目を覚ました、ということらしい。記憶が曖昧ということだけは、ハルヒでもどうにもならなかったようだ。まぁ……どうにもならないよな。 閉じられた病室のドア。中からは物音一つなく、誰もいないかのように静まりかえっている。ノックをしても、反応がない。かと言って退院したという話は聞いてない。 そっとドアを開けて中を覗くと、ベッドがわずかに膨らんでいた。どうやら寝ているらしい。起こさないようにそっと近づき、椅子に腰掛けた。 こうやって寝顔を見るのは失礼な気もするが、かといって起こすのもどうかと思う。二日ほど寝続けて心配したが、顔色もそんなに悪くない。どちらかというと、穏やかな寝顔だ。 「ん……んぅ~……」 起きるか、と思ったが、ただ寝息混じりに寝返りを打っただけだった。暑いのか、布団を盛大にはねのける。ああ、一応断っておくが、ちゃんとパジャマは着ているぞ。上着の裾がめくれてお腹は出ているが、それだけだ。 そのまま見ていたい気もするが、起きたときに何を言われるかわかったもんじゃない。仕方ないんで布団を直してやる。と──布団に手を掛けた瞬間、その手をミヨキチに掴まれた。 「……え~と」 「すぅ……す……」 まだ寝てる。どうやら無意識の反応だったらしい。ぎゅっと掴まれた手をどうしたものかしばし逡巡したが、起こすことに決めた。 「おい、ミヨキチ。お~い、美代子さん。起きろー」 「ん~……ん、うん? え、あれ? へ!?」 感心するほどの寝起きの良さで、ミヨキチはバッと俺の手を離すと物凄い勢いで後ずさり、これまた痛そうな音を立ててベッドの縁に頭をぶつけて悶絶した。 何をやってるんだ……おまえは……。 「った……いったた……」 「病院でケガするのは、なんていうか本末転倒な気がするぞ」 「え……と、あ、お兄さん……」 蚊の鳴くような声で呟き、ミヨキチは目元まで布団を引き寄せた。驚きと恥じらいと、その他もろもろが混じり合った反応だった。それを見て、ああミヨキチなんだな、と思う。そこにいるのは、俺の知ってるミヨキチだった。 「よう」 「あの……なんで、ここに」 「妹から目を覚ましたって聞いてね。お見舞い」 「あ、そうなんですか。すみません、わざわざ」 「いいよ、ヒマだったからさ」 ここでリンゴのひとつでも剥いてやるべきかと思ったが、あいにく俺は古泉みたいに手先が器用じゃなくてね、そんな真似はできない。そもそも、皮を剥くリンゴがないんじゃ話にならない。来たのはいいが、そういや見舞い品を忘れていたことに、今更ながら気づいた。 「すまん、これと言って何も持ってきてないんだ」 「え? あ、いいですいいです。来てくださっただけで。あの、」 「ん?」 「倒れたわたしを病院まで連れてきてくださったの……お兄さんだって聞きました。それにこの病院も、お兄さんの知り合いの方の病院だって。母から」 「ああ、そのことか。記憶が……曖昧なんだって?」 白々しくも、そう聞くしかない。 「ええ。まったく記憶がないわけじゃなくて……その、覚えてることもあるんですけど、でも、ここ一週間の記憶が特に曖昧で」 「そうか」 「わたし、お兄さんと会っていて倒れた……んですか?」 「ん? ああ」 そりゃ、気になるよな。自分が倒れたときの状況を何も知らずにいるのは、不安で仕方ないだろう。話を聞きたいとも思うはずさ。 「会っていて倒れた、っていうよりも、倒れているところを俺が見つけた、って感じかな。道ばたでね、偶然さ。ミヨキチだって最初気づかなかったから、わかったときには別の意味でも驚いたよ」 「そうだったんですか」 ふと、落胆したような表情の陰りを見せるミヨキチだが、すぐに陰を消して顔を上げた。 「わたし、今までそんなことなかったんです。両親に聞いても、この一年でそんなことはなかったみたいですし。何で急に、って思って」 「疲れてたんじゃないのか? 医者の話でもそうだったろ。自分でも知らず知らずのうちに疲れがたまっていたんだよ、きっとね」 「そうなんでしょうか……でも」 ミヨキチは、わずかに小首を傾げる。 「でも、わたし……」 そこで、口を閉ざす。言うべきか、それとも黙っているべきか、迷っているような雰囲気をそれとなく感じ取る。聞くべきじゃないな、と俺は思った。 「ま、そんな長居しちゃ悪いからな。そろそろ帰るよ。退院したら、また映画でも行こうか。今度は俺の方から誘うわけだからな、ちゃんとエスコートするよ」 「え? いえいえ、そんな。それに、映画は……あ、いえ、なんでも」 口ごもるミヨキチを見て、俺はふと思い出す。ハルヒが俺に言ってくれた、あの言葉。 あいつは俺を信じてくれると言った。俺が決めたことなら上手く行くと断言してくれた。 それを信じようと思う。それを信じずに、ほかの何を信じろと言うんだ? 「ああ、そうだ。お見舞いと言えるかどうかわからんが、土産はあるんだ」 朝倉は消えた。そうなのかもしれない。朝倉自身も、もし今後、仮に朝倉涼子が現れたとしても、それは俺の知る朝倉じゃないと言っていた。 そうかもしれない。 けれど、そうじゃないかもしれない。答えが示されることはないかもしれないし、詮索しても無意味かもしれない。 「包みも何もなくて悪いけどな、これ」 俺が取り出したのはバレッタ。かつてミヨキチに……いや、朝倉にプレゼントした、あの髪留め。もう一度、これを贈ろうかと思う。 「あ……りがとう、ございます……」 震える手で、ミヨキチはそれを受け取ってくれた。 全部俺の仮定の話だ。根拠もなく、断言も何もできない。ただ、そうであればいいという願いであって、それを無垢に信じられるほど、俺は純粋でもない。 でも。 それでも。 「付けてみたら?」 「あ、はい」 手櫛で髪を梳き、綺麗にまとめてバレッタで止める。 「あたしに……似合いますか?」 「俺のセンスもまだまだ捨てたもんじゃない、って自信が持てたよ」 その言葉で微笑む少女を見て、俺は思う。 消えたのか、それともそこにいるのか……それはわからない。わからないがでも、これだけは信じよう。その奇跡は起きたのだと信じたい。 朝倉涼子の面影を残す少女を見て── 俺はそれを切に願った。 〆
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俺は目覚めた。またか・・・と思った。 やむことのない雪。雪に埋もれた町。 その上に二人に人間がいる。 近くには古泉がおり、笑顔で両手で阿修羅のようなポーズをとっている。 「これで何回目でしょう」 目元にははっきりとした隈が浮き出ている。 「次くらいでいいかげん終わりにして欲しいもんだ」 「だとしたら、いよいよクライマックスというわけですね」 「さすがにここでは僕の力も発揮できるとはいえ、 こう立て続けになると・・・」 俺はここで古泉に死んだらどうなるのかを聞いた 「わかりません。ただ、ひとついえるのは死んでからでは遅いということです。 だったら死なないようにがんばりましょう」 「・・・・」 いつの間にか眠りについたようだ。 真っ暗な中で目覚める。どこかで見た現代的なつくり。 全国どこにでもある。ここは・・・コンビニエンスストアだ。 誰かが近くにいる。ダッフルコートを被っている。 そうやってそいつの顔を良く見てみる。 どっかで見た顔だ。いや、もっと身近な存在だったような気がする。 ああ、こいつは、長門だ。 ロウソクの火だけで照らされた店内。 異様な光景だな。外を見てみるが真っ暗でなにも見えない。 しばらく動けそうにない。 「あなたは凍傷で足の指を5本失ったがわたしの力によって再生した そのかわり・・・2時間は自由に体が動かせないという後遺症が残った」 俺はいつのまにか目を閉じて、眠りについた。 目を覚ます。見えるものは相変わらずだ。 俺の精神もやばいな。そろそろ首吊り用ロープを探し出してもおかしくない頃合だ。 しかし、長門のほうを見てそれも思いとどまった。 長門は俺を助けた。たったそれだけの理由だ。 長門もいつの間にか眠っているようだった。 まだ・・・なんとかなるかもしれない・・・ そうやってよろよろ立ち上がる。 その途端、レジの配線コードにつまづき、派手に転んだ。 やる気が一気に幻滅した。怒りに似た感情が沸きあがってくる。 「ちっくしょー!!!!」 久しぶりに聞いた自分の声。 少し目が覚めた。喉が渇いた。 俺は麻薬中毒者のような足取りで冷蔵庫の棚を開けて 適当なボトルの蓋をポイ捨て、ガブガブと喉に流し込む。 うまい。久しぶりに生きてる心地がしてきた。 俺は思い出す。SOS団という組織。いや、団体。何もかもが懐かしい。 それがなぜこうなった!俺に何か恨みでもあったというのか!? 今すぐでてこい。そうしたやつを殺してやる!俺の頭はホットプレートを 押し付けられたように熱くなっていた。 「ブェア!」 さっきからイライラしていたんだ。カルシウム不足かな。 外が真っ暗で何もみえなくてイライラするんだ。 俺は思いっきり窓ガラスをぶん殴った。 痛かった。何がしたいんだろうな。俺は。 気づくと長門が俺の腕を取って首を振っていた。 一瞬、敵かと思って血だらけになった腕で殴ってしまいそうになったが その0・2秒前に思いとどまった。 「精神安定剤を注入する。」 そう言って長門は俺の腕に噛み付いた。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 俺は息が苦しくなってその場に倒れた。 しかし俺の怒りは収まらなかった。 長門が心配そうな顔をしていたが俺にはどうしようもない。 「誰に怒っているの」 俺をこんな状況に置いたやつに向かって 誰か教えろ!なぜ黙っている卑怯者め!! うーと声を出してみる。さきほど大声で叫んだせいで喉がイカレたようだ。 俺はここから脱出する。この怒りをそいつにぶつけてやるまで。 絶対ここから脱出するんだ ・ ・ ・ そんなにここから出たい? 俺の潜在意識に呼びかける。ああ。出たいとも。 じゃあ出してあげよっか。 ぐぁッ!? どこだここは・・・また飛ばされたのか・・・ 目の前には少女・・・俺の生理的に受け付けない女が立っていた。 朝倉・・・?俺を2度も殺そうとした朝倉。 しかし体が動かない。やつはやっぱりアーミーナイフを握っている。 なんだこの空間は。意味の分からない幾何学模様がグルグル回っている。 俺は十字架に貼り付けられたみたいな恰好をしてやがる。 そいつはゆっくりと俺に歩み寄った。 「種明かしをしてあげる。わたしはあのとき、長門さんによって 情報連結解除された。その意識は情報統合思念体に帰するはずだった。 でも、それを思念体のえらい人は許さなかった。わたしはあのときの判断が 正しかったと思ったんだけど、わたしはつらい罰を受けることになった。 本当に辛かったわ。最上級の刑になったのよ。」 朝倉は上目遣いで俺の顔を下から覗き込む。 「わたしには涼宮さんの力がそこまで利用価値のあるものとは思わなかったのよ。 だからなおさら納得がいかなかった。世界が終わるなら終わってしまえばいい。 わたしもはやく消えてしまえばいい。でもできないという地獄のような罰。 この苦しみをあなた達にもわかってもらいたいな。」 また怒りが沸いてくる。しかしこの俺の立場は不利だ。 どうしようもない。確かに辛いな。こいつに突進していって 最期の抵抗をしてから死んでしまいたいのに俺は動くことができないんだ。 「っざけんじゃねえよ!!!!!!」 俺の声は土管の中のように反響する。 そいつは俺の最大級の声にもビクともしないで 逆に笑みを浮かべて、 「これでわかったでしょ。でもわたしの正体を知ってしまったからには もう終わり。あなたはここで死ぬのよ」 そうモデルのような歩き方でさらに歩み寄ってくる。 「刺される場所はどこがいいかしら? でも、ナイフって飽きちゃったのよね。長門さんみたいに 情報連結解除をしてもいいわね。足元から自分が消えて逝く恐怖。 たまらないでしょう?」 せめてもの抵抗をしてから死にたい。 こんなのは・・・キン! 金属音。朝倉の手のナイフが消えている。 一瞬何が起きたのかわからなかった。最後に見たのは朝倉の唖然とした表情。 空間が消える。白。完全なホワイトアウト。 しかし足がプラプラしているあたり、空中にいるようだ。 自分が落ちているのか、上昇しているのか、留まっているのか。 それすらもわからない。ストン。軽い衝撃だった。 視界は変わらないので何が起きたのかわからない。 幾度と感じるデジャヴ。この景色にはもううんざりだ。 俺は朝倉に殺されたんだろうな。 そう思った。しかしこうして意識がある。俺は死んでいない。 そう思いかけたところでまた俺の意識は途絶えた。 ・・・・・ ようやく白い景色におさらばできた。 今度は灰色の空間だ。見渡す限り何もない景色ではない。 ここは町だ。どっかの町。それも結構な都会。 ああ、でもやっぱり元に戻ってないんだな。 俺の意識が呼びかける。ハッとして起き上がる。 今度は近くにはハルヒがいた。 ハルヒももうこの状況には慣れているようだった。 「ほんと頭くるわね。いつまであたしは夢から醒めないつもりなのかしら」 そう自分の頭をポカポカ叩いている。 しかしなぜだ。いつも必ず二人組になるのは。 そしていつも俺がひどいめにあう。 違う。二人じゃない。 古泉、長門、朝比奈さん、それに新川さんに森さんに多丸さん兄弟までいる! いくらか俺の孤独感を和らげてくれる。 「この空間のどこかに核爆弾が仕掛けられました。 これは私たちへの挑戦のようです。時間までに 解除できなければこれで本当に全てが終わり。 閉鎖された空間で核爆発をおこしたらどれほどの威力か想像できますか? これから地下に潜っても間に合わない。 生き残る方法はただ一つ。核の起爆装置を停止するのみ」 「待て!なんでそんなことが分かる!?」 「わかってしまうのですからしょうがないとしか」 古泉らしいいいぐさだ。 「残念ながらここでは僕達の能力は無効のようです。 あなた達の協力が必要です。 時間がありません。手短に説明します。 これが核のある場所です。と、古泉はノートパソコンに似た小道具を 取り出した。そこのディスプレイには町の断面図が3D映像でクルクル回っている。 キー操作をするとその一部が拡大される。 ひとつの高層ビルの内部に赤い点がある。 「これが、核のある場所です。 ここからは・・・あれです。観覧車の隣に立っている大きなビル。 69階に核がセットされているようですね。」 パタンとそれを閉じる。 「できれば分散して行動して、一番最初に辿りついた者が核を解除する。」 「核の解除なんてわかんねーよ!」 「まあ、落ち着いてください。」 と、古泉は黒い大きなアタッシュケースから全員にガジェットを配る。 「機関の開発した、核解除高性能コンピューターです。 つかいかたはいたって簡単・・・核弾頭の半径1メートル以内でこれを解除して・・・ トリガーを引いてホールドするだけ。あとはコンピューターが勝手にやってくれます」 それから・・・ともうひとつのジュラルミンケースを新川さんから 渡され、それを地面に置く。中からは大量の武器が出てきた。 モデルガンじゃない。本物だ。いつぞや朝比奈さんがぶっぱなしていたやつまである。 さすがは機関だ。 「これで戦えと?」 「ええ、レーダーでは非人造人間タイプの・・・ そうですね。小さな神人とでも言いましょうか。それを大量に感知しています。」 「くそったれめ」 「やってきたようです」 見ると向こう側からワラワラとたくさんの人影が現れた。 そいつらはすばやい獣のような動きでやってくる。 「こっちだ!」 逆の道路に向かって走り出す。 機関の人間に継いで長門、俺とハルヒ。 最期尾には朝比奈さん。 目的地まではまだまだである。見通しの良い道路とはいえ、 そこに障害物が蠢いている。 トップを走るものの足が止まった。 まだ対象から100メートル以上あるのに 機関チームは正確な射撃で的確にそいつらを狙い撃つ。 そいつらを一掃するとまた走り出す。 後ろを振り返るとさきほどの敵がまだ追ってきていた。 朝比奈さんが使いなれていない銃をぶっぱなしている。 「うあああ!」 と、誰かの叫びが聞こえる。 振り返ると、多丸圭一氏が一人の敵に腕で体を貫通されていた。 すぐさま射殺したものの、圭一氏はその場に力なく倒れた。 「くっ・・・!!」 新川さんは悲しむ暇もなく目を背け、 戦闘に集中した。こんなのって・・・こんなのって酷すぎる・・・ 誰かを守れば自分が死ぬ。 かといって全員で固まっていても核のタイマーが切れて時間切れだ。 俺はみんなから外れて違う道を行くことにした。 頼れるのは己の銃のみだ。 前方に三匹、対象を発見した。 そいつらはすばやい動きで全力疾走してくる。 そいつら頭をぶち抜く。そしてまた走り出す。 それを何度か繰り返す。 転んでもすぐに這い上がる、すでに俺の体はボロボロになっていた。 ようやく、目的のビルに辿りついた。 息が苦しい。だが、休んでいる暇はない。 入り口は自動ドアのようだった。しかし銃でガラスを破壊しながら 中に侵入した。エレベーターは電源が落ちていて使えない。 やむをえず階段を使う。69階につくころには脚の筋肉がパンパンになっていた。 限界だった。俺は階段に下半身を投げ出してそのまま仰向けに倒れこんだ。 苦しい。だが、休んでいる暇はない。フラフラと歩く。ここのどこかにあるはずだ・・・ みんながどうなったかは分からない。 しかしここに辿りついたのは俺が最初だ。 俺がやらなければならない。 適当にドアを開いて中に入る。核弾頭らしきものは見当らない。 くそっ。次だ。ない。ない。 こうしている間にも核のタイマーはゼロに近づいている。 警報が鳴り響いた。 突如、天井がぶち破られ、多脚のメカが目の前に出現した。 明らかな敵意を赤いセンサーライトから感じる。 自動小銃のようなものが俺に向いている。 くっ! 俺は横に反転してかわし、機材の影に隠れる。 ガガガガと地面に穴が空き、表面のタイルが剥がれて飛び散る。 こっちは駄目だ!俺は逆の方向に逃げる。 はやく・・・探し出さないと! 俺は次の部屋に入る。ただの喫煙室のようだ。 そして次の部屋。重い扉を開ける。 あった・・・ 銀色の固定台の上に置かれた核弾頭とその起爆装置を。 今も確実に時を刻んでいる。その時間を見て俺は身震いする。 デジタル表記の数字はあと3分しかない。 しかしそれだけあれば十分だ。 俺は機関の発明したガジェットを起動しようとした。 後ろから射撃音が聞こえる。 機関チームも到着したのだろうか。それなら一層心強い。 ガガガガガガ やけにぶっぱなしている。 ここには核がある。誤射してはまずい。 「ここに核がある!もう撃たないでくれ!」 そう扉の向こうに呼びかけた。扉がふっとんだ。 現れたのはハルヒだった。 「ハルヒお前・・・」 ハルヒは蒼白な顔をして言った。 「よくここまで辿りついたわね」 「ああ、お前もな」 「まさかあんたがここまでやるとは思わなかったわ」 「はやく解除しよう」 そのときだった。 さっきの殺人マシンが現れたのだ。 赤い目のそいつはレーザー標準を俺に合わせる。 心臓の部分に赤い光点がある。撃たれた。 射撃音。逃げられなかった。 目の前を黒い影が通りすぎる。 ・・・!? それが俺にはスローモーションのように見えた。 その姿は・・・多丸裕さん!? 裕さんは俺に向かって空中で俺に向かってグッジョブとやってから ドサリと床に倒れた。ハルヒの悲鳴が聞こえる。 裕さん! 俺はハルヒを抱えて鉄製の机の影に飛び込む。 銃弾がそれに跳ね返る音がする。 機械のウイーンという歩行音がする。こっちにきている。 核を撃たれたらおしまいだ。 俺は死角にハルヒの手を引いて回り込む。 「今だ撃て!」 仕留めた。と、俺は思った。 ハルヒも銃撃に参加する。 そいつの脚が吹っ飛んだ。もう歩けない。 しかしメインセンサーの赤い光はまだ動いている。 ウイーンと自動小銃がこちらに反転してくる。 「隠れろ!」 ピュンピュンと後ろの壁に穴が空く。 まだ動けなくても射撃能力は残っているようだ。 これでは核に近づけない。 核のタイマーはもう1分を切っている。間に合わない。 俺は物陰から飛び出した。 ハルヒが止めようとしたがその手は宙を切った。 そいつに向かって全力で走る。 射撃される。一か八かだ。そいつが射撃をはじめる とほぼ同時にジャンプする。銃弾は俺の真下を通り抜ける。 そうしてそいつの反対側に着地し、 自動小銃がこちらに反転してくる前に両手でガッシリ押さえつける。 「ハルヒ!はやくこいつを撃て!」 自動小銃の力はもの凄い。腕の筋肉が悲鳴を上げている。 「キョ、キョンが死んじゃう!」 「いいからはやくしろ!間に合わなくなっても知らんぞ!」 前腕の血管が浮き出し、指が紫色に変色している。 ギリギリと銃口が俺のほうに迫ってくる。 体制を変えれば力が抜けて俺は撃たれてしまう。 「自分を信じろ!」 「だ、ダメ!!キョンが!」 筋繊維プチプチ音を立てて断絶してきた。 もうそんなに持たない。銃口は俺の左胸ギリギリまで来ている。 くそっ!ここまでか! 次の瞬間。俺の左胸は打ち抜かれ・・・ 全身から力が抜ける。一気に掴んでいた手が軽くなる・・・? マシンの赤いセンサーライトがフェードアウトしていく。 その向こうには泣きそうな顔で銃を構えていたハルヒがいた。 そのままハルヒはがっくしと地面に手をつく。 ハルヒが、最後の覚悟で狙いを定めて射撃したのだ。 キュイーンと高い作動音が低くなっていき、その音は消失した。 まだ・・・時間があるのか? タイマーはもう既に30秒を切っている。 腕が痙攣していうことを聞かない。 「ハルヒ!はやく・・・解除を!」 ハルヒはガジェットを取り出す。 震えた手で核に密着させると 「これを解除してトリガーをホールド!」 ピピピッとガジェットの作動音が聞こえる。 まだタイマーは止まっていない。 ハッキングを仕掛ける。 ・・・まだだ。 機関の力はこんなものだったのか!? ついに一桁台に入る。10・9・8・7・ 7・7・・・・ 止まった・・・? キュイーンと核のタイマーが2~3秒足らずで 10分まで巻き上げられる。 どうなっている・・・? 成功したのか・・・!? そのまま時間は停止する。 また動き出した。ピッ、ピッ、 どうなっている!? 「そ・・・そんな・・・しっかり手順通り・・やったのに」 ハルヒは力なくその場に倒れた。 もう俺達の力では手の施しようがない。 「・・・くそっ・・・ここまでか・・・」 「諦めるのはまだ早いわよ!」 扉には森さんが立っていた。 森さん・・・!生きていましたか! ケースから工具を出した。まさか・・・分解するつもりじゃ・・・ 「安心して。核の解体は以前もやった経験があるわ」 一体どんな場面だったのだろう。きっとこういった技術も ハルヒの能力によって身についたものなのかもしれない。 その後ろからは新川さんが。 「早速解体作業に移りますよ新川」 新川さんは電動ドリルを片手に、 チュイーンとタイマーのまわりのネジを次々と吹き飛ばしていった。 カバーを外す。いろいろな色の配線コードの奥。 森さんはハッとあることに気づいたようだ。 「これは・・・これは・・・」 「どうしましたか?」 「ダミー・・・偽物の核だわ」 「・・・この他に本物の核があると?」 「そういうことになります」 と言いながらも血の気の引いていく森さん。 「まさか・・・」 「遊びは終わりよ」 その声は・・・朝倉。 と、同時に古泉が入ってくる。長門、朝比奈さんも。 しかし朝倉の実体が見えない。 しかし間違いなくこの部屋から声が聞こえる。 くそっ・・・どこだ・・・!? 「きゃああ!!」 目の前のハルヒが俺を指差して悲鳴を上げる。 「なん・・・」 「うしろ!!!」 うしろがどうした・・・て 冷たいものが喉に当たる。まさか・・・・ 全員が口を開けて声にならない声を上げている。 「あなた達は今までよく頑張ってきたわ。でも、もう終わり。だから最後に聞いていい?」 俺の耳にそいつの息が吹きかかる。 「わたしにはどうしてもわからないことがあるの」 冷たい声が室内に響き渡る。誰も声を発しようとしない。 「どうしてみんなあなたをかばおうとするの? わからない・・・あなたをそこまで心配するほどあなたに存在価値があるとは・・・ どうしても思えない・・・」 ・・・俺に・・・聞いてるのか・・・? 今までのできごとがフラッシュバックする。 なぜ俺ばかりが酷い目にあったのか・・・ そうして心配してくれたり看病してくれたまわりの人間。 そうか・・・一緒にいるやつの反応を見るためか。そのために俺を・・・ そして二人組にしたのもじっくりその様子を観察するため・・・! 「仲間だからさ・・・」 「仲間?わたしには有機生命体の仲間の概念が理解できないんだけど」 「・・・わたしには・・・わかる」 そう口を開いたのは長門だった。 「馬鹿言わないで。そんなのは思念体にとって利用価値のないただの無視情報にしか過ぎないんだから」 「あなたもわかっているはず」 沈黙。今にもナイフが喉を貫きそうだ。 「あなたには借りがあるわ。3回も邪魔されたんだもんね。」 まさか・・・あのとき朝倉のナイフが消えたと思ったのは長門が阻止したからか・・・? 長門は続ける。 「わたしにはわかる。あなたの独断専行は あなたの潜在意識が働きかけ、エラーが積み重なった結果と判断している。」 「そんなの、あなたの勝手な推測にすぎないと思うんだけど。 だってあなたは情報統合思念体に一度は処分の検討がなされたでき損ないのよ?」 「あなたが一番良くわかっているはず・・ あなたは涼宮ハルヒと同じクラスであった、 涼宮ハルヒにも話しかけた。接近を試みた。 でも・・・涼宮ハルヒはあなたを選ばなかった・・・」 朝倉の虚をつかれたような声が耳元で聞こえる。 「そしてあなたは同じクラスの一人の男子生徒に嫉妬した・・・」 「あなたは上辺だけの関係を築く能力に・・・」 俺の喉からナイフが離れる。驚いて恐る恐る振り返ると、 そこには両膝を床につけ、両手に手を当て、泣きじゃくる朝倉の姿があった。 「そんなの・・・そんなのわかってた・・・ だけど・・・わたしにはそういうふうにプログラムされているから・・・」 ・・・わたしもあなたたちと同じように仲良く話したりしたかった・・・ 「あなたはわたしと同じ」 朝倉はしばらく泣き続けていた。 そして声を絞り出すように 「わたしを・・・殺して・・・」 一同は押し黙る。時間の流れがひどく遅く感じる。 「それができないのなら・・・」 と、朝倉は反対側に向き直る。その向こうにはガラス一枚挟んで足場がない。 止める暇もなかった。 朝倉は頭から思いっきりガラスに突っ込んで・・・69階から飛び降りた。 朝比奈さんがキャッと目を両手で覆って顔を背ける。どよめきが聞こえる。 それにしても突然の、一瞬のできごとだった。 床には、一滴の涙の痕が残っていたのみだった。 視界が白くなっていく。みんなが光に包まれていく。なにも見えなくなった。 目が覚める。天井にはカバーで覆われた蛍光灯。 久しぶりに見る自分の部屋。 両手を動かしてみる。なんともない。 今までのことは全て・・・夢・・・? 日付を見てみる。しかし俺の時間感覚では一週間は過ぎているはずである。 期末テストが終わって一息ついて今日はゆっくり寝るぞと心して床についたのが 事の発端だった。今はその次の日の、朝。 長い夢だった。夢の中で寝たり醒めたり、わけがわからん。 なんだかすごい場面に遭遇したような気がするが、 半日も経てばいつもの日常の空気に俺の脳は慣れていく。 しかし俺は今でもそのことをちょっと思い出すことがある。 もっとはやくこのことに気づいてやれていたら・・・ あいつもやり直せたのかもしれない。 と
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泣き虫涼子の友達
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新章:encounter 「彼女の言葉は、おそらく事実」 と、朝倉と入れ違いでやってきた長門に今の状況を説明すると、あっさり肯定した。 「なんとかミヨキチから朝倉を追い出すことはできないのか?」 朝倉自身はそれが「無理」と言っていた。それは朝倉の言い分だ。実際に無理かどうかはわからない。もしかすると長門ならなんとかしてくれる……なんて淡い期待を寄せていたんだが。 「不可能」 初めて、長門の口から「不可能」って単語が出たように思う。こいつにもできないことがあったとは、素直に驚いた。 「だが、方法はゼロではない」 いったんは落ち込んだ俺だったが、その言葉に色めきだつ。方法があるのなら、不可能とは言わないだろ。 「どうすればいいんだ?」 尋ねると、長門は誰かに判断を仰ぐかのように視線を空中に彷徨わせてから俺に目を向けて、まったく関係なことを口にした。 「わたしたちインターフェースは涼宮ハルヒの情報フレア発生が観測されてから作り出された。故に朝倉涼子の行った既存有機生命体への人格情報結合は初めてのケース。その行動は極めて異質であり、ひとつの可能性を秘めている」 「なんだって?」 「つまり──進化」 進化……進化か。そういや長門の──というよりも長門の親玉の目的は自律進化の可能性をハルヒから探り出すことだったな。 「現状の朝倉涼子は、一般の地球人類と大差はない。他情報への干渉能力はなく、情報統合思念体からも切り離されたスタンドアローンの存在。それは通常ではあり得ないこと。朝倉涼子が吉村美代子と共生しているのは、彼女の意思で行った──進化」 ミヨキチの中に朝倉がいるとわかった時点で、おぼろげに考えていたことがある。 どうして朝倉がミヨキチを選んだのか、ということだ。 どうやら俺は、長門の親玉に「ハルヒにとってのカギ」とか思われているらしい。だから観察対象に俺も含まれているとかなんとか、いつぞや長門が言っていたように思う。 そんな俺の交友関係なんて、長門は知らずとも親玉の方にはすべて筒抜けだろう。だから、朝倉がミヨキチに取り憑いたのも、情報統合思念体の強硬派とかいう朝倉の親玉が少なからず関与してるんじゃないか、と思っていた。 だが、違うらしい。すべて朝倉の独断で行った結果であり、ミヨキチが選ばれたのもただの偶然と長門は言っている。……本当か? 「情報統合思念体は、朝倉涼子の行為に着目している」 「人に取り憑くことがか? そんなもの、いつぞやの原始的な情報生命体もやってただろ」 「だからこそ。朝倉涼子は、有機生命体と融合することで退化したと言える。けれどそこから新たな可能性も考えられる。進化とは──」 長門はいったん言葉を句切り、頭の中で俺に話す言葉を推敲しているかのように間を空けた。 「周囲の環境変化の情報を蓄積し、その情報を次の世代が遺伝子レベルで適応変化させる行為。情報生命体である情報統合思念体には、有機生命体で言う遺伝子が情報そのものである。故に、進化の閉塞状態に陥っている情報統合思念体が新たな進化の道を開くには、一度蓄積した情報を破棄──退化して別の進化ルートを辿ることも一つの手段と判断されている」 そういや朝倉は、ミヨキチに取り憑くのに三つの情報のうち、二つを失ったからできた……とか言ってたな。ほぼ理解不能で八割ほど聞き流してたが。 「朝倉涼子の行為は、注目に値する」 「それはつまり……長門にとって、今の朝倉も観察対象に含まれるってことか?」 首を縦に振って首肯する長門に、俺は心内で頭を抱えた。 それが長門自身の判断じゃないことは、まぁ……わかっている。こいつもいろいろ俺たちを手助けしてくれているが、宮仕えの立場だ。俺と親玉の意見が対立した場合、どちらの意見を優先させるか? なんて話は、考えるだけ無駄だろう。 「だから……不可能って言いたいのか」 「そう」 回りくどい言い方だが、つまり朝倉とミヨキチを切り離すのは『可能』だが、それを実行するのは『不可能』ってわけだ。長門にだって立場はある。無理強いは……できないよな。 「これだけは教えてくれ」 問いかける俺に、長門は視線だけを向けてくる。その無言を問いかけることへの許可と受け取って、俺は尋ねる。 「朝倉は、何をしようとしてるんだ?」 しばしの無言。そして。 「感情のコントロール」 と、長門は答えになっていない答えを口にして、腰を上げた。 月曜日。学校やら会社やらが始まる一週間の始まりは、大多数の人間にとって気分も沈みがちになる日であることは間違いない。俺なんか、足に一〇〇キロの鉄球をくくりつけられてマリアナ海溝に沈められてるくらい、落ち込んでるがな。 そんな鬱々とした気分を神様は察してくれたのか、登校中は谷口やら国木田なんかと顔を合わせることなく教室にたどり着いた。 教室には、すでにハルヒがいた。片肘を突いてボーッと窓の外を眺めている。それこそ、いつUFOが窓の外を通過してもかまわないと言いたげに凝視していた。いつもと変わらないハルヒの姿だ。 それを見て、俺はややホッとする。どうやらミヨキチ──もとい朝倉は、この時点ではまだハルヒに直接接触はしてないようだ。 気が気じゃなかった。 朝倉はハルヒの変化を求めている。俺の目の届かないところでハルヒにちょっかいをかけて、非常識なことをされたらたまったもんじゃない。 「なに?」 俺の視線に気づいたのか、窓の外を眺めていたハルヒがこちらに顔を向けて訝しげな表情を浮かべる。こいつには人の視線から質量を感じ取るセンサーがあるらしい。 「おはよう、ハルヒ」 「気味悪いわね、普通に朝の挨拶なんて。あんた、いつも言語障害にかかってるんじゃないかってくらい素っ気ない挨拶しかしないのに」 どうして朝の挨拶ひとつにそこまで辛辣なコメントを言えるのか問いつめたい衝動に駆られたが、人間、一日に消費するエネルギー総量は決まってるんだ。無尽蔵にわき出るエネルギー源を持ってるハルヒと一緒にしないでもらいたい。ハルヒの嫌味に肩をすくめて、俺は自分の席に腰を下ろした。 「どうしたの? なんかちょっと変よ。悩み事?」 「いつも通りだろ? 気にするな」 「ふーん」 俺の言葉にハルヒは「ウソおっしゃい」と言わんばかりの視線を投げかけてくる。 「ま、悩み事があるなら相談に乗ってあげるわよ。あんたも一応団員だからね、特別価格で学食一食分で聞いてあげるわ」 聞くだけで解決しないのかよ。そもそもおまえに相談して事態が好転するとはとても思えん。さらに言わせてもらえば、外から持ち込まれた依頼は無料で、俺の悩み相談は有料とはどういう了見だ。 「それはそうと、今日の放課後は今週一週間の活動内容を決める会議だからね。必ず出席すること! 勝手に帰るんじゃないわよ」 「そんなの、今まで決めてたか?」 「最近、みんなたるんでるんだもの。ビシッと一週間の目標を決めておいた方が張り合いが出るってもんでしょ」 俺は朝倉のことでいっぱいいっぱいなんだが、これ以上、張り合いのある一週間になんぞしたくない。が、そうも言ってらんないわけだ、この団長様を前にすれば。 「わかったよ」 ため息混じりに、俺は頷いた。 午前中の授業を乗り越えて昼飯時。ときどきハルヒが「ちょっとキョン、今閃いたんだけど聞いてよ」なんて言いながら背中をシャーペンでつついてきたが、それでもつつがなく乗り越えた今、俺はそこでひとつ失敗していたことに気づいた。 鞄の中に弁当がない。どうやら忘れてきたらしい。健全で健康的な日本男児たるもの、昼飯抜きで午後を過ごすのは、傭兵にカレー粉の支給がないのと同義だ。 財布を引っ張りだし、中身を確認。くっそぅ……被害は甚大だ。とても学食に駆け込むだけの兵力は足りていない。誰かに金を借りようとも思ったが、損得勘定抜きで俺に慈愛の手を差し伸べてくれる相手の心当たりがないことに愕然とした。 意外と俺、友だちに恵まれてないんじゃないか……? まぁ、いい。ここは仕方がない。腹の中に何も詰め込まないのは危険と判断し、購買部でコッペパンのひとつでも購入しよう。 そう思って購買部で物色していたそのとき。 「あら」 と、世にも珍しい珍獣を偶然発見したかのような驚きと戸惑いが混じり合った声が、俺に向けられた。 女性の声である。俺を見て声を掛けてくる相手なんて、ハルヒか朝比奈さん、あるいは鶴屋さんくらいだが、珍獣を発見したような声を出すことはない。出されたら、それはそれでショックに感じるのは俺が繊細だから、ということにしておいてほしい。 そこにいたのは誰であろう──生徒会の書記にして正体不明のTFEI、喜緑江美里さんだった。さん付けなのは、立場的には上級生だから、と理解していただきたい。 「あ、ども」 「その節は大変お世話になりまして、とても感謝しております」 どこぞの貴婦人のように慎ましやかな微笑みとわずかに首を傾ける会釈を交えて、喜緑さんはそう言う。それがカマドウマ事件のことか、それとも文芸誌作りのことか、はたまた別のことなのか俺にはわからなかったが、とりあえず「はぁ、こちらこそ」と返事をしておいた。 「お昼はパンだけですか?」 「え? ああ、弁当を忘れてしまいまして。財布の中もついでに忘れたみたいで、パンくらいは食っておこうかなと」 「まぁ、それは大変ですね。ああ、それでしたら」 と言いつつ、喜緑さんは自分の財布から千円札を取り出すと俺の胸ポケットに押し込んだ。 「え? あの」 「お貸しいたします」 「いやでも、いいですよ。悪いです」 「いえいえ、貴方にはいつもお世話になっておりますし、困っていらっしゃるのを見過ごすのは気が引けてしまいます。少しくらいの恩返しをするのも道理かと思いますので。お返しいただけるのなら、長門さん経由でも構いませんから」 「そ、そうですか。それじゃお言葉に甘えて」 それほど親しい人ではないが、金がないのも事実だし、せっかくのご厚意を無下に断るのも失礼というものか。俺は有り難くその申し出を受け入れることにした。したんだが……。 「あの、何で俺に声かけてきたんですか?」 長門ともつかず離れず、微妙な距離を保っている人だ。文芸誌作りの話が持ち上がらなければ、俺には長門と同種だってことにさえ気づかなかったくらい距離を空けていたのに、ここで声を掛けて来るのは意外だった。 「いえ、もう貴方はある程度のことをご存じのようですし、それに……今は大変そうに見えましたからつい……と言ったところでしょうか」 「はぁ……」 俺は弁当を忘れたくらいで、そんな悲愴な顔つきをしてたのか。情けないというかみっともないというか……切ない気分になるな。 「それでは、また」 会釈をして去っていく喜緑さんの後ろ姿に感謝しつつ、俺は学食へと向かうことにした。 喜緑さんの援助でなんとか乗り越えた昼休み。思えば学食で飯を食うなんてことは入学してから初めてのことかもしれないと思いつつ、その味はハルヒが通うだけあってなかなかのものだった。金に余裕があるときは、今度から通ってもいいかなとさえ思ったくらいだ。 ま、SOS団に所属している限り、俺の財布が潤うことなんてなさそうだがな。 ともかく、満たされた腹で満足しつつ午後の授業を受けている。五時間目の授業からハルヒは寝息を立てているようだが、それで俺より成績がいいのは釈然としない。俺だって眠いさ。 いっそのこと教師に見つかって怒られろと毒電波を放ってみたが、こいつには不可視シールドでもあるのか、さっぱり見つからない。俺の念力じゃ蚊とんぼさえ落とせないのは重々承知しているが、ここまで鉄壁だとイタズラでもしたくなるってもんだ。 もっとも、運命の神様は授業中に寝こけているハルヒじゃなく、俺にイタズラをしたいようだ。六時間目の授業がそろそろ終盤を迎え、まもなく放課後という頃合いだったか。 バイブレーションモードにしておいた携帯が、俺のポケットの中でぶるぶる震えていた。 授業中に携帯を取り出すのは御法度だが、もしかすると緊急の用事かもしれない。ばーちゃんが倒れたとか、おじさんが事故にあったとか、その手の話かもしれないだろ。 こっそり携帯を取り出してみる。電話ではなくメールだった。授業を受けてるふりをしつつ、メールを開いてみると、ただ一文だけ『窓の外』と書かれてあった。 なんのこっちゃ? イタズラか間違いか知らないが、意味もなく文面に釣られるように窓の外に目を向ける。 「げっ」 上でも中でもない。まさに下の『げ』の存在がそこにいた。 弁当を忘れるとかちょっとしたハプニングはあったが、おおよそいつもと変わらぬ日常を過ごしていて、やや危機感が薄れていたらしい。それだけにショックはでかい。 ミヨキチ──というか朝倉が、何故か北高の中庭でランドセルを背中に、俺に向かって手を振っていた。だが驚いたのはそれだけじゃない。 何故か……どういうわけか、その隣には、俺の妹も一緒だった。 次のページへ
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俺は目覚めた。またか・・・と思った。 やむことのない雪。雪に埋もれた町。 その上に二人に人間がいる。 近くには古泉がおり、笑顔で両手で阿修羅のようなポーズをとっている。 「これで何回目でしょう」 目元にははっきりとした隈が浮き出ている。 「次くらいでいいかげん終わりにして欲しいもんだ」 「だとしたら、いよいよクライマックスというわけですね」 「さすがにここでは僕の力も発揮できるとはいえ、 こう立て続けになると・・・」 俺はここで古泉に死んだらどうなるのかを聞いた 「わかりません。ただ、ひとついえるのは死んでからでは遅いということです。 だったら死なないようにがんばりましょう」 「・・・・」 いつの間にか眠りについたようだ。 真っ暗な中で目覚める。どこかで見た現代的なつくり。 全国どこにでもある。ここは・・・コンビニエンスストアだ。 誰かが近くにいる。ダッフルコートを被っている。 そうやってそいつの顔を良く見てみる。 どっかで見た顔だ。いや、もっと身近な存在だったような気がする。 ああ、こいつは、長門だ。 ロウソクの火だけで照らされた店内。 異様な光景だな。外を見てみるが真っ暗でなにも見えない。 しばらく動けそうにない。 「あなたは凍傷で足の指を5本失ったがわたしの力によって再生した そのかわり・・・2時間は自由に体が動かせないという後遺症が残った」 俺はいつのまにか目を閉じて、眠りについた。 目を覚ます。見えるものは相変わらずだ。 俺の精神もやばいな。そろそろ首吊り用ロープを探し出してもおかしくない頃合だ。 しかし、長門のほうを見てそれも思いとどまった。 長門は俺を助けた。たったそれだけの理由だ。 長門もいつの間にか眠っているようだった。 まだ・・・なんとかなるかもしれない・・・ そうやってよろよろ立ち上がる。 その途端、レジの配線コードにつまづき、派手に転んだ。 やる気が一気に幻滅した。怒りに似た感情が沸きあがってくる。 「ちっくしょー!!!!」 久しぶりに聞いた自分の声。 少し目が覚めた。喉が渇いた。 俺は麻薬中毒者のような足取りで冷蔵庫の棚を開けて 適当なボトルの蓋をポイ捨て、ガブガブと喉に流し込む。 うまい。久しぶりに生きてる心地がしてきた。 俺は思い出す。SOS団という組織。いや、団体。何もかもが懐かしい。 それがなぜこうなった!俺に何か恨みでもあったというのか!? 今すぐでてこい。そうしたやつを殺してやる!俺の頭はホットプレートを 押し付けられたように熱くなっていた。 「ブェア!」 さっきからイライラしていたんだ。カルシウム不足かな。 外が真っ暗で何もみえなくてイライラするんだ。 俺は思いっきり窓ガラスをぶん殴った。 痛かった。何がしたいんだろうな。俺は。 気づくと長門が俺の腕を取って首を振っていた。 一瞬、敵かと思って血だらけになった腕で殴ってしまいそうになったが その0・2秒前に思いとどまった。 「精神安定剤を注入する。」 そう言って長門は俺の腕に噛み付いた。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 俺は息が苦しくなってその場に倒れた。 しかし俺の怒りは収まらなかった。 長門が心配そうな顔をしていたが俺にはどうしようもない。 「誰に怒っているの」 俺をこんな状況に置いたやつに向かって 誰か教えろ!なぜ黙っている卑怯者め!! うーと声を出してみる。さきほど大声で叫んだせいで喉がイカレたようだ。 俺はここから脱出する。この怒りをそいつにぶつけてやるまで。 絶対ここから脱出するんだ ・ ・ ・ そんなにここから出たい? 俺の潜在意識に呼びかける。ああ。出たいとも。 じゃあ出してあげよっか。 ぐぁッ!? どこだここは・・・また飛ばされたのか・・・ 目の前には少女・・・俺の生理的に受け付けない女が立っていた。 朝倉・・・?俺を2度も殺そうとした朝倉。 しかし体が動かない。やつはやっぱりアーミーナイフを握っている。 なんだこの空間は。意味の分からない幾何学模様がグルグル回っている。 俺は十字架に貼り付けられたみたいな恰好をしてやがる。 そいつはゆっくりと俺に歩み寄った。 「種明かしをしてあげる。わたしはあのとき、長門さんによって 情報連結解除された。その意識は情報統合思念体に帰するはずだった。 でも、それを思念体のえらい人は許さなかった。わたしはあのときの判断が 正しかったと思ったんだけど、わたしはつらい罰を受けることになった。 本当に辛かったわ。最上級の刑になったのよ。」 朝倉は上目遣いで俺の顔を下から覗き込む。 「わたしには涼宮さんの力がそこまで利用価値のあるものとは思わなかったのよ。 だからなおさら納得がいかなかった。世界が終わるなら終わってしまえばいい。 わたしもはやく消えてしまえばいい。でもできないという地獄のような罰。 この苦しみをあなた達にもわかってもらいたいな。」 また怒りが沸いてくる。しかしこの俺の立場は不利だ。 どうしようもない。確かに辛いな。こいつに突進していって 最期の抵抗をしてから死んでしまいたいのに俺は動くことができないんだ。 「っざけんじゃねえよ!!!!!!」 俺の声は土管の中のように反響する。 そいつは俺の最大級の声にもビクともしないで 逆に笑みを浮かべて、 「これでわかったでしょ。でもわたしの正体を知ってしまったからには もう終わり。あなたはここで死ぬのよ」 そうモデルのような歩き方でさらに歩み寄ってくる。 「刺される場所はどこがいいかしら? でも、ナイフって飽きちゃったのよね。長門さんみたいに 情報連結解除をしてもいいわね。足元から自分が消えて逝く恐怖。 たまらないでしょう?」 せめてもの抵抗をしてから死にたい。 こんなのは・・・キン! 金属音。朝倉の手のナイフが消えている。 一瞬何が起きたのかわからなかった。最後に見たのは朝倉の唖然とした表情。 空間が消える。白。完全なホワイトアウト。 しかし足がプラプラしているあたり、空中にいるようだ。 自分が落ちているのか、上昇しているのか、留まっているのか。 それすらもわからない。ストン。軽い衝撃だった。 視界は変わらないので何が起きたのかわからない。 幾度と感じるデジャヴ。この景色にはもううんざりだ。 俺は朝倉に殺されたんだろうな。 そう思った。しかしこうして意識がある。俺は死んでいない。 そう思いかけたところでまた俺の意識は途絶えた。 ・・・・・ ようやく白い景色におさらばできた。 今度は灰色の空間だ。見渡す限り何もない景色ではない。 ここは町だ。どっかの町。それも結構な都会。 ああ、でもやっぱり元に戻ってないんだな。 俺の意識が呼びかける。ハッとして起き上がる。 今度は近くにはハルヒがいた。 ハルヒももうこの状況には慣れているようだった。 「ほんと頭くるわね。いつまであたしは夢から醒めないつもりなのかしら」 そう自分の頭をポカポカ叩いている。 しかしなぜだ。いつも必ず二人組になるのは。 そしていつも俺がひどいめにあう。 違う。二人じゃない。 古泉、長門、朝比奈さん、それに新川さんに森さんに多丸さん兄弟までいる! いくらか俺の孤独感を和らげてくれる。 「この空間のどこかに核爆弾が仕掛けられました。 これは私たちへの挑戦のようです。時間までに 解除できなければこれで本当に全てが終わり。 閉鎖された空間で核爆発をおこしたらどれほどの威力か想像できますか? これから地下に潜っても間に合わない。 生き残る方法はただ一つ。核の起爆装置を停止するのみ」 「待て!なんでそんなことが分かる!?」 「わかってしまうのですからしょうがないとしか」 古泉らしいいいぐさだ。 「残念ながらここでは僕達の能力は無効のようです。 あなた達の協力が必要です。 時間がありません。手短に説明します。 これが核のある場所です。と、古泉はノートパソコンに似た小道具を 取り出した。そこのディスプレイには町の断面図が3D映像でクルクル回っている。 キー操作をするとその一部が拡大される。 ひとつの高層ビルの内部に赤い点がある。 「これが、核のある場所です。 ここからは・・・あれです。観覧車の隣に立っている大きなビル。 69階に核がセットされているようですね。」 パタンとそれを閉じる。 「できれば分散して行動して、一番最初に辿りついた者が核を解除する。」 「核の解除なんてわかんねーよ!」 「まあ、落ち着いてください。」 と、古泉は黒い大きなアタッシュケースから全員にガジェットを配る。 「機関の開発した、核解除高性能コンピューターです。 つかいかたはいたって簡単・・・核弾頭の半径1メートル以内でこれを解除して・・・ トリガーを引いてホールドするだけ。あとはコンピューターが勝手にやってくれます」 それから・・・ともうひとつのジュラルミンケースを新川さんから 渡され、それを地面に置く。中からは大量の武器が出てきた。 モデルガンじゃない。本物だ。いつぞや朝比奈さんがぶっぱなしていたやつまである。 さすがは機関だ。 「これで戦えと?」 「ええ、レーダーでは非人造人間タイプの・・・ そうですね。小さな神人とでも言いましょうか。それを大量に感知しています。」 「くそったれめ」 「やってきたようです」 見ると向こう側からワラワラとたくさんの人影が現れた。 そいつらはすばやい獣のような動きでやってくる。 「こっちだ!」 逆の道路に向かって走り出す。 機関の人間に継いで長門、俺とハルヒ。 最期尾には朝比奈さん。 目的地まではまだまだである。見通しの良い道路とはいえ、 そこに障害物が蠢いている。 トップを走るものの足が止まった。 まだ対象から100メートル以上あるのに 機関チームは正確な射撃で的確にそいつらを狙い撃つ。 そいつらを一掃するとまた走り出す。 後ろを振り返るとさきほどの敵がまだ追ってきていた。 朝比奈さんが使いなれていない銃をぶっぱなしている。 「うあああ!」 と、誰かの叫びが聞こえる。 振り返ると、多丸圭一氏が一人の敵に腕で体を貫通されていた。 すぐさま射殺したものの、圭一氏はその場に力なく倒れた。 「くっ・・・!!」 新川さんは悲しむ暇もなく目を背け、 戦闘に集中した。こんなのって・・・こんなのって酷すぎる・・・ 誰かを守れば自分が死ぬ。 かといって全員で固まっていても核のタイマーが切れて時間切れだ。 俺はみんなから外れて違う道を行くことにした。 頼れるのは己の銃のみだ。 前方に三匹、対象を発見した。 そいつらはすばやい動きで全力疾走してくる。 そいつら頭をぶち抜く。そしてまた走り出す。 それを何度か繰り返す。 転んでもすぐに這い上がる、すでに俺の体はボロボロになっていた。 ようやく、目的のビルに辿りついた。 息が苦しい。だが、休んでいる暇はない。 入り口は自動ドアのようだった。しかし銃でガラスを破壊しながら 中に侵入した。エレベーターは電源が落ちていて使えない。 やむをえず階段を使う。69階につくころには脚の筋肉がパンパンになっていた。 限界だった。俺は階段に下半身を投げ出してそのまま仰向けに倒れこんだ。 苦しい。だが、休んでいる暇はない。フラフラと歩く。ここのどこかにあるはずだ・・・ みんながどうなったかは分からない。 しかしここに辿りついたのは俺が最初だ。 俺がやらなければならない。 適当にドアを開いて中に入る。核弾頭らしきものは見当らない。 くそっ。次だ。ない。ない。 こうしている間にも核のタイマーはゼロに近づいている。 警報が鳴り響いた。 突如、天井がぶち破られ、多脚のメカが目の前に出現した。 明らかな敵意を赤いセンサーライトから感じる。 自動小銃のようなものが俺に向いている。 くっ! 俺は横に反転してかわし、機材の影に隠れる。 ガガガガと地面に穴が空き、表面のタイルが剥がれて飛び散る。 こっちは駄目だ!俺は逆の方向に逃げる。 はやく・・・探し出さないと! 俺は次の部屋に入る。ただの喫煙室のようだ。 そして次の部屋。重い扉を開ける。 あった・・・ 銀色の固定台の上に置かれた核弾頭とその起爆装置を。 今も確実に時を刻んでいる。その時間を見て俺は身震いする。 デジタル表記の数字はあと3分しかない。 しかしそれだけあれば十分だ。 俺は機関の発明したガジェットを起動しようとした。 後ろから射撃音が聞こえる。 機関チームも到着したのだろうか。それなら一層心強い。 ガガガガガガ やけにぶっぱなしている。 ここには核がある。誤射してはまずい。 「ここに核がある!もう撃たないでくれ!」 そう扉の向こうに呼びかけた。扉がふっとんだ。 現れたのはハルヒだった。 「ハルヒお前・・・」 ハルヒは蒼白な顔をして言った。 「よくここまで辿りついたわね」 「ああ、お前もな」 「まさかあんたがここまでやるとは思わなかったわ」 「はやく解除しよう」 そのときだった。 さっきの殺人マシンが現れたのだ。 赤い目のそいつはレーザー標準を俺に合わせる。 心臓の部分に赤い光点がある。撃たれた。 射撃音。逃げられなかった。 目の前を黒い影が通りすぎる。 ・・・!? それが俺にはスローモーションのように見えた。 その姿は・・・多丸裕さん!? 裕さんは俺に向かって空中で俺に向かってグッジョブとやってから ドサリと床に倒れた。ハルヒの悲鳴が聞こえる。 裕さん! 俺はハルヒを抱えて鉄製の机の影に飛び込む。 銃弾がそれに跳ね返る音がする。 機械のウイーンという歩行音がする。こっちにきている。 核を撃たれたらおしまいだ。 俺は死角にハルヒの手を引いて回り込む。 「今だ撃て!」 仕留めた。と、俺は思った。 ハルヒも銃撃に参加する。 そいつの脚が吹っ飛んだ。もう歩けない。 しかしメインセンサーの赤い光はまだ動いている。 ウイーンと自動小銃がこちらに反転してくる。 「隠れろ!」 ピュンピュンと後ろの壁に穴が空く。 まだ動けなくても射撃能力は残っているようだ。 これでは核に近づけない。 核のタイマーはもう1分を切っている。間に合わない。 俺は物陰から飛び出した。 ハルヒが止めようとしたがその手は宙を切った。 そいつに向かって全力で走る。 射撃される。一か八かだ。そいつが射撃をはじめる とほぼ同時にジャンプする。銃弾は俺の真下を通り抜ける。 そうしてそいつの反対側に着地し、 自動小銃がこちらに反転してくる前に両手でガッシリ押さえつける。 「ハルヒ!はやくこいつを撃て!」 自動小銃の力はもの凄い。腕の筋肉が悲鳴を上げている。 「キョ、キョンが死んじゃう!」 「いいからはやくしろ!間に合わなくなっても知らんぞ!」 前腕の血管が浮き出し、指が紫色に変色している。 ギリギリと銃口が俺のほうに迫ってくる。 体制を変えれば力が抜けて俺は撃たれてしまう。 「自分を信じろ!」 「だ、ダメ!!キョンが!」 筋繊維プチプチ音を立てて断絶してきた。 もうそんなに持たない。銃口は俺の左胸ギリギリまで来ている。 くそっ!ここまでか! 次の瞬間。俺の左胸は打ち抜かれ・・・ 全身から力が抜ける。一気に掴んでいた手が軽くなる・・・? マシンの赤いセンサーライトがフェードアウトしていく。 その向こうには泣きそうな顔で銃を構えていたハルヒがいた。 そのままハルヒはがっくしと地面に手をつく。 ハルヒが、最後の覚悟で狙いを定めて射撃したのだ。 キュイーンと高い作動音が低くなっていき、その音は消失した。 まだ・・・時間があるのか? タイマーはもう既に30秒を切っている。 腕が痙攣していうことを聞かない。 「ハルヒ!はやく・・・解除を!」 ハルヒはガジェットを取り出す。 震えた手で核に密着させると 「これを解除してトリガーをホールド!」 ピピピッとガジェットの作動音が聞こえる。 まだタイマーは止まっていない。 ハッキングを仕掛ける。 ・・・まだだ。 機関の力はこんなものだったのか!? ついに一桁台に入る。10・9・8・7・ 7・7・・・・ 止まった・・・? キュイーンと核のタイマーが2~3秒足らずで 10分まで巻き上げられる。 どうなっている・・・? 成功したのか・・・!? そのまま時間は停止する。 また動き出した。ピッ、ピッ、 どうなっている!? 「そ・・・そんな・・・しっかり手順通り・・やったのに」 ハルヒは力なくその場に倒れた。 もう俺達の力では手の施しようがない。 「・・・くそっ・・・ここまでか・・・」 「諦めるのはまだ早いわよ!」 扉には森さんが立っていた。 森さん・・・!生きていましたか! ケースから工具を出した。まさか・・・分解するつもりじゃ・・・ 「安心して。核の解体は以前もやった経験があるわ」 一体どんな場面だったのだろう。きっとこういった技術も ハルヒの能力によって身についたものなのかもしれない。 その後ろからは新川さんが。 「早速解体作業に移りますよ新川」 新川さんは電動ドリルを片手に、 チュイーンとタイマーのまわりのネジを次々と吹き飛ばしていった。 カバーを外す。いろいろな色の配線コードの奥。 森さんはハッとあることに気づいたようだ。 「これは・・・これは・・・」 「どうしましたか?」 「ダミー・・・偽物の核だわ」 「・・・この他に本物の核があると?」 「そういうことになります」 と言いながらも血の気の引いていく森さん。 「まさか・・・」 「遊びは終わりよ」 その声は・・・朝倉。 と、同時に古泉が入ってくる。長門、朝比奈さんも。 しかし朝倉の実体が見えない。 しかし間違いなくこの部屋から声が聞こえる。 くそっ・・・どこだ・・・!? 「きゃああ!!」 目の前のハルヒが俺を指差して悲鳴を上げる。 「なん・・・」 「うしろ!!!」 うしろがどうした・・・て 冷たいものが喉に当たる。まさか・・・・ 全員が口を開けて声にならない声を上げている。 「あなた達は今までよく頑張ってきたわ。でも、もう終わり。だから最後に聞いていい?」 俺の耳にそいつの息が吹きかかる。 「わたしにはどうしてもわからないことがあるの」 冷たい声が室内に響き渡る。誰も声を発しようとしない。 「どうしてみんなあなたをかばおうとするの? わからない・・・あなたをそこまで心配するほどあなたに存在価値があるとは・・・ どうしても思えない・・・」 ・・・俺に・・・聞いてるのか・・・? 今までのできごとがフラッシュバックする。 なぜ俺ばかりが酷い目にあったのか・・・ そうして心配してくれたり看病してくれたまわりの人間。 そうか・・・一緒にいるやつの反応を見るためか。そのために俺を・・・ そして二人組にしたのもじっくりその様子を観察するため・・・! 「仲間だからさ・・・」 「仲間?わたしには有機生命体の仲間の概念が理解できないんだけど」 「・・・わたしには・・・わかる」 そう口を開いたのは長門だった。 「馬鹿言わないで。そんなのは思念体にとって利用価値のないただの無視情報にしか過ぎないんだから」 「あなたもわかっているはず」 沈黙。今にもナイフが喉を貫きそうだ。 「あなたには借りがあるわ。3回も邪魔されたんだもんね。」 まさか・・・あのとき朝倉のナイフが消えたと思ったのは長門が阻止したからか・・・? 長門は続ける。 「わたしにはわかる。あなたの独断専行は あなたの潜在意識が働きかけ、エラーが積み重なった結果と判断している。」 「そんなの、あなたの勝手な推測にすぎないと思うんだけど。 だってあなたは情報統合思念体に一度は処分の検討がなされたでき損ないのよ?」 「あなたが一番良くわかっているはず・・ あなたは涼宮ハルヒと同じクラスであった、 涼宮ハルヒにも話しかけた。接近を試みた。 でも・・・涼宮ハルヒはあなたを選ばなかった・・・」 朝倉の虚をつかれたような声が耳元で聞こえる。 「そしてあなたは同じクラスの一人の男子生徒に嫉妬した・・・」 「あなたは上辺だけの関係を築く能力に・・・」 俺の喉からナイフが離れる。驚いて恐る恐る振り返ると、 そこには両膝を床につけ、両手に手を当て、泣きじゃくる朝倉の姿があった。 「そんなの・・・そんなのわかってた・・・ だけど・・・わたしにはそういうふうにプログラムされているから・・・」 ・・・わたしもあなたたちと同じように仲良く話したりしたかった・・・ 「あなたはわたしと同じ」 朝倉はしばらく泣き続けていた。 そして声を絞り出すように 「わたしを・・・殺して・・・」 一同は押し黙る。時間の流れがひどく遅く感じる。 「それができないのなら・・・」 と、朝倉は反対側に向き直る。その向こうにはガラス一枚挟んで足場がない。 止める暇もなかった。 朝倉は頭から思いっきりガラスに突っ込んで・・・69階から飛び降りた。 朝比奈さんがキャッと目を両手で覆って顔を背ける。どよめきが聞こえる。 それにしても突然の、一瞬のできごとだった。 床には、一滴の涙の痕が残っていたのみだった。 視界が白くなっていく。みんなが光に包まれていく。なにも見えなくなった。 目が覚める。天井にはカバーで覆われた蛍光灯。 久しぶりに見る自分の部屋。 両手を動かしてみる。なんともない。 今までのことは全て・・・夢・・・? 日付を見てみる。しかし俺の時間感覚では一週間は過ぎているはずである。 期末テストが終わって一息ついて今日はゆっくり寝るぞと心して床についたのが 事の発端だった。今はその次の日の、朝。 長い夢だった。夢の中で寝たり醒めたり、わけがわからん。 なんだかすごい場面に遭遇したような気がするが、 半日も経てばいつもの日常の空気に俺の脳は慣れていく。 しかし俺は今でもそのことをちょっと思い出すことがある。 もっとはやくこのことに気づいてやれていたら・・・ あいつもやり直せたのかもしれない。 と
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長門「………もち巾着」 長門「………今日の夕食はおでん」 長門「………♪」 長門「………私は長門有希」 長門「………あ」 朝倉「あら。お久しぶりね」 長門「………ひさしぶり」 朝倉「お元気そうね。どう? あのSOS団とかいう集団とは、その後も仲良くやってるかしら?」 長門「………もち巾着」 朝倉「……そう」 長門「………そう」 朝倉「……もち巾着なの」 長門「………もち巾着」 長門「………なぜあなたがここに」 朝倉「ふふふ。驚いた? そうよね。1年近く前に情報連結を解除された自分のバックアップが、こうしてまた有機生命体として存在しているんだものね」 長門「………あなたの目的は何」 朝倉「そう質問してくると思ったわ。でも安心してくれていいわよ。私の目的は彼の命ではないんだから」 長門「………」 朝倉「疑ってるの? じゃあ情報統合思念体にアクセスしてみるといいわ。私がキョンくんの命を狙って復活したわけではないことを確認すれば?」 長門「………本当に?」 朝倉「嘘なんてつかないわ。彼を狙ったところで、どうせまたあなたに阻止されるだけだもの。成功確率の低い行動を優先するなんて合理的じゃないでしょ?」 長門「………ならいい」 朝倉「私の目的はただひとつ」 長門「………来て」 朝倉「え? 場所をかえるの? どこに行くのかしら?」 長門「………私のマンション」 朝倉「まあ長い話になるかもしれないし。ゆっくりお茶でも飲みながらっていうのも悪くないわね」 長門「………あなたは、ダシを取る係り」 朝倉「……だし?」 長門「………そう。私はご飯を炊く係り」 朝倉「あの、長門さん? 話がみえないんですけど」 長門「………喜緑江美里は野菜を切る係り。準備は万端」 朝倉「だから、何の話なの?」 長門「………もち巾着」 朝倉「……ああ。おでん」 長門「………そう」 朝倉「……そうなの」 ~~~~~ 長門「………もぐもぐ」 朝倉「ほら、長門さん。ちゃんと口元ふいて。汁がたれるわよ」 喜緑「朝倉さん、ご飯のおかわりをよそっていただけるかしら」 朝倉「それくらい自分でしてよ。はい」 喜緑「ありがとうございます」 朝倉「だめよ、ご飯ばかり食べちゃ。ご飯とおかずを交互に食べないと。効率が悪いでしょう」 喜緑「ご飯を食べていると、ついついご飯ばかり食べてしまうの。ご飯もおかずも同時に食べられるなんて、朝倉さんは器用ね」 長門「………もぐもぐ」 朝倉「長門さん、はんぺんとかもち巾着ばかり食べてちゃダメよ。ちゃんと野菜も食べないと。はい、大根」 長門「………いや」 長門「………もぐもぐ」 喜緑「まあまあ、朝倉さん。いいじゃありませんか、野菜を食べないくらいでそんなにかりかりしなくても」 長門「………朝倉涼子はもっと喜緑江美里をみならうべき」 喜緑「うふふ。長門さんったら」 朝倉「こいつら……」 朝倉「ま、まあいいわ」 朝倉「私はね、あなたたちと仲良くおでんをつつくために還ってきたわけじゃないの」 長門「………醤油をとって」 喜緑「はい、どうぞ」 朝倉「私はね。涼宮ハルヒの情報観測をのんびり見守るあなたたちに愛想つかした急進派から、ある特命を帯びて再派遣されたのよ」 長門「………喜緑江美里はおでんにからしをつける派?」 喜緑「私は辛い物が苦手なので、からしはつけませんわ」 朝倉「涼宮ハルヒの情報観測を阻害する存在、谷口を抹殺するためにやってきたのよ!」 長門「………からしをつければ、味のアクセントが強調されて食が進む」 喜緑「でも、辛い物を食べると舌や唇が痛くなって、熱いお料理が食べられなくなるじゃないですか」 朝倉「進化の可能性の幅を広げる涼宮ハルヒに精神的ストレスを与えてそのチャンスを奪う存在、下衆谷口。あれがいなくなれば、より効果的に情報が収集できるのよ!」 長門「………このすり身おいしい」 喜緑「朝倉さんの作ったダシ汁がよくしみているんですね。とてもおいしいですわ」 朝倉「ちょっと2人とも。さっきから熱弁している私を無視して何を淡々とおでん食べているのよ」 長門「………無視とは心外。ちゃんとあなたの話は片手間に聞いている」 朝倉「片手間に!?」 喜緑「長門さんの言うとおりですわ。私たちは、朝倉さんのお話を聞いていなかったわけではないのですよ? ただ単に興味がなかっただけなのですのよ」 朝倉「興味がなかっただけ!?」 長門「………まあまあ。落ち込まないで」 朝倉「……落ち込んでなんかいないわよ。私は冷徹な殺人マシーンなんだから」 長門「………自虐的になるのはよくない。そんな時は、この料理」 朝倉「おでん食べてもこの不愉快感は……って、鍋に大根しか残っていないじゃない!? 私まだこんにゃくしか食べてないのよ!? これじゃただの大根の煮物じゃない!」 喜緑「まあまあ。そう言わず。朝倉さんの作ったダシはとてもおいしいですよ。騙されたと思って召し上がってごらんなさいな」 朝倉「騙されたと思って!? 誰が栄養配分にまで気を配って作ったと思ってるのよ!」 長門「………今夜は朝倉涼子との、実に一年ぶりの再会を祝しての食事会。大らかな心で許してほしい」 朝倉「私との再会を祝した食事会? ダシ係に命じただけでなく、食器配膳係やご飯をよそう係、お茶くみ係、挙句の果てにカセットコンロに点火する係やテレビのチャンネルを変える係まで私に押し付けておいて、私との再会を祝う!?」 長門「………そう」 朝倉「そう、じゃないわよ! あなた私のことを馬鹿にしてるんでしょ? ねえ、そうでしょ!? 人畜無害な女の子みたいな涼しい顔してるくせに、腹の底では実力で劣る私を見下してからかってるんでしょ!? 分かってるわよ、それくらいこと! そうならそうとはっきり言いなさいよ!」 長門「………そうじゃない」 朝倉「そうじゃない!? だったらどうだって言うのよ! なんのつもりで私をからかって遊んでるのよ!」 喜緑「ちょっと待って、朝倉さん」 長門「………」 朝倉「黙ってちゃ分からないわよ! なんとか言いなさいよ、この厚顔無恥な主流派め!」 喜緑「朝倉さん!」 朝倉「!? な、なによ……」 喜緑「ご飯おかわりです。よそってくださいな」 朝倉「……空気よめ」 長門「………怒らないで」 朝倉「怒らないで? 誰のせいで怒るはめになったと思ってるのよ!」 長門「………そんな時は、これでも食べて落ち着いて。はい大根」 朝倉「いらないって言ってるでしょ!」 パシッ 長門「………あ……」 喜緑「お大根が……」 朝倉「ちゃんと真面目に話を聞きなさいよ」 長門「………」 長門「………頑張って、野菜切ったのに……」 長門「………ぅうう」 ダッ 喜緑「あ、待って長門さん!?」 朝倉「な、なによ。大根をたたき落としたくらいで。泣きたいのはこっちよ」 喜緑「朝倉さん」 朝倉「な、なに?」 喜緑「ちょっとそこに座りなさい」 朝倉「最初から座ってるんですけど」 喜緑「口答えするんじゃありません」 朝倉「いや、口答えじゃなくて。もう座ってるんですけど」 喜緑「朝倉さん。あなたは長門さんのお姉さんでしょ? もっと寛大な心で接してあげないといけませんよ」 朝倉「私の方が年下なんだけど。外見的には判断できなかもしれないけど、長門さんが長女なのよ」 喜緑「そんな言い訳は聞きたくありません」 朝倉「言い訳を聞きたくないんじゃなくて、あなたが自分に対する反対意見を聞きたくないだけじゃない」 喜緑「姉として、妹の言うことはちゃんと聞いてください」 朝倉「このタイミングで開き直らないでよ」 喜緑「確かに長門さんは感情の起伏を表に出さない人だから気づきづらかったかもしれないけれど。でも彼女は、本当はあなたが帰ってきて喜んでいたのよ?」 朝倉「まさか……」 喜緑「本当よ。確かにあなたに対して冷たく当たっていたかもしれません。いじわるなことをしたかもしれません。でも、それは愛情の裏返しなの。嬉しくて、ついついやっちゃった、そんなかわいらしい子ども心なのよ」 朝倉「………」 喜緑「長門さんだけじゃないわ。私だって嬉しかったわ」 朝倉「喜緑さん……」 喜緑「本当に嬉しかった。久しぶりにカレー以外の物が食べられたんですもの。あなたが帰ってきてくれたおかげで、久しぶりにご馳走が食べられた」 朝倉「長門さんよりあなたの方がたちが悪いわね……」 喜緑「あなたには分からないのよ。お料理のできない長門さんは、カレー以外のものを食べたくなっても作ることができない。だから仕方なくレトルトカレーに走ってしまう。それがあなたに責められて?」 朝倉「責めることはできないけれど……じゃあ、あなたが作ってあげなさいよ」 喜緑「もちろん私だって長門さんの力になってあげたかったわ。でもできないのよ。私には」 朝倉「……穏健派は、見守ることしか許可されていないから、かしら?」 喜緑「私はハヤシライスしか作れないの」 朝倉「最悪の組み合わせじゃない」 ~~~~~ 朝倉「あの……長門さん……?」 長門「………」 朝倉「………」 朝倉「ほら。いつまでも押入れに立てこもってないで。出てきなさいよ」 長門「………やだ」 朝倉「はあ……」 朝倉「悪かったわよ。怒ったりして。謝るから、許してよ。仲直りしましょ? だから、そこから出てきてよ」 長門「………うそ」 朝倉「本当よ。なんなら、情報統合思念体にアクセスしてみたら?」 長門「………」 長門「………」 ガラ 朝倉「やっと出てきた」 長門「………」 朝倉「ごめんね。ちょっと頭に血が上っちゃったわ。インターフェースらしくもなかったわ。反省してる」 長門「………」 フルフル 長門「………ちがう」 朝倉「え?」 長門「………ちがう。謝らないといけないのは、あなたじゃない。私の方」 朝倉「長門さん……」 長門「………ごめんなさい」 朝倉「……ううん。いいのよ。やっぱり悪いのは私。長門さんは何も悪くない。私が短気だっただけのこと」 長門「………ちがう。ちがう、ちがう。私がいじわるしたから。だから、朝倉涼子が怒ってしまった。私が悪い」 朝倉「そう」 朝倉「長門さんは、私が怒ったこと、許してくれる?」 長門「………うん」 朝倉「よかった。私も、長門さんが私にいじわるしたことを許してあげる」 朝倉「これでおあいこ」 長門「………うん」 ~~~~~ 朝倉「きれい。1年ぶりだけど、やっぱり屋上からの景色は変わっていないわね」 長門「………ここにいると、自分がインターフェースであることなど忘れてしまいそうになる」 朝倉「本当に」 長門「………」 朝倉「………」 長門「………あなたは、行くの?」 朝倉「うん。それが、私が還ってきた理由だから」 長門「………そう」 朝倉「うん」 長門「………また、一緒におでんを食べよう」 朝倉「うん」 長門「………谷口を刺したら、またここに帰ってきて」 朝倉「もちろん。谷口を刺し終えたら」 長門「………」 朝倉「………」 朝倉「今度は、どんなご馳走を作ってくれるのかしら?」 長門「………今度?」 朝倉「そうよ。今日は私、結局こんにゃくしか食べてないんだもの。食事会なんて呼べるものじゃなかったでしょ?」 朝倉「だから、今度こそ。おいしいご馳走でお出迎えしてよ」 長門「………私のレパートリーはカレーとおでんだけ」 朝倉「料理のレパートリー2つしかないの? なによ、そんなんじゃ彼のハートは射止められないよ」 長門「………大きなお世話」 朝倉「あら。怒った?」 長門「………別に」 朝倉「今度は、私が作ってあげる」 朝倉「日頃食生活に偏りのあるあなたたちのために、私が腕によりをかけてご馳走を用意してあげるわよ」 長門「………本当?」 朝倉「もちろん! 長門さんにもお料理を教えてあげるから。ちゃんとお勉強するのよ?」 長門「………する」 喜緑「お話は終わったかしら?」 朝倉「うん。あなたにも悪いことしたわね。怒鳴ったりして」 喜緑「いいえ。結構ですわ。それより」 朝倉「ん?」 喜緑「私のおかわりはいつになったよそってもらえるのでしょうか」 朝倉「空気よめ」 長門「………応援している。がんばって」 朝倉「ええ。絶対に谷口の息の根をとめてくるわ!」 ~~その頃、谷口は~~ 谷口「ふひふひひ」 谷口「この漫画おもしれ」 谷口「ほっほほほほ」 谷口「うへ? おほ、やべえwwww」 谷口「屁が出るぞぉ! 屁が出るぞぉ!」 谷口「放屁注意報発令でござる!」 谷口「スリー! トゥー! ワン!」 谷口「チューリッ!」 プゥ 谷口「………」 谷口「……………」 谷口「……………………やべえ」 谷口「実まで出ちゃった……」 もらしていた。 つづく
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新章:encounter 「彼女の言葉は、おそらく事実」 と、朝倉と入れ違いでやってきた長門に今の状況を説明すると、あっさり肯定した。 「なんとかミヨキチから朝倉を追い出すことはできないのか?」 朝倉自身はそれが「無理」と言っていた。それは朝倉の言い分だ。実際に無理かどうかはわからない。もしかすると長門ならなんとかしてくれる……なんて淡い期待を寄せていたんだが。 「不可能」 初めて、長門の口から「不可能」って単語が出たように思う。こいつにもできないことがあったとは、素直に驚いた。 「だが、方法はゼロではない」 いったんは落ち込んだ俺だったが、その言葉に色めきだつ。方法があるのなら、不可能とは言わないだろ。 「どうすればいいんだ?」 尋ねると、長門は誰かに判断を仰ぐかのように視線を空中に彷徨わせてから俺に目を向けて、まったく関係なことを口にした。 「わたしたちインターフェースは涼宮ハルヒの情報フレア発生が観測されてから作り出された。故に朝倉涼子の行った既存有機生命体への人格情報結合は初めてのケース。その行動は極めて異質であり、ひとつの可能性を秘めている」 「なんだって?」 「つまり──進化」 進化……進化か。そういや長門の──というよりも長門の親玉の目的は自律進化の可能性をハルヒから探り出すことだったな。 「現状の朝倉涼子は、一般の地球人類と大差はない。他情報への干渉能力はなく、情報統合思念体からも切り離されたスタンドアローンの存在。それは通常ではあり得ないこと。朝倉涼子が吉村美代子と共生しているのは、彼女の意思で行った──進化」 ミヨキチの中に朝倉がいるとわかった時点で、おぼろげに考えていたことがある。 どうして朝倉がミヨキチを選んだのか、ということだ。 どうやら俺は、長門の親玉に「ハルヒにとってのカギ」とか思われているらしい。だから観察対象に俺も含まれているとかなんとか、いつぞや長門が言っていたように思う。 そんな俺の交友関係なんて、長門は知らずとも親玉の方にはすべて筒抜けだろう。だから、朝倉がミヨキチに取り憑いたのも、情報統合思念体の強硬派とかいう朝倉の親玉が少なからず関与してるんじゃないか、と思っていた。 だが、違うらしい。すべて朝倉の独断で行った結果であり、ミヨキチが選ばれたのもただの偶然と長門は言っている。……本当か? 「情報統合思念体は、朝倉涼子の行為に着目している」 「人に取り憑くことがか? そんなもの、いつぞやの原始的な情報生命体もやってただろ」 「だからこそ。朝倉涼子は、有機生命体と融合することで退化したと言える。けれどそこから新たな可能性も考えられる。進化とは──」 長門はいったん言葉を句切り、頭の中で俺に話す言葉を推敲しているかのように間を空けた。 「周囲の環境変化の情報を蓄積し、その情報を次の世代が遺伝子レベルで適応変化させる行為。情報生命体である情報統合思念体には、有機生命体で言う遺伝子が情報そのものである。故に、進化の閉塞状態に陥っている情報統合思念体が新たな進化の道を開くには、一度蓄積した情報を破棄──退化して別の進化ルートを辿ることも一つの手段と判断されている」 そういや朝倉は、ミヨキチに取り憑くのに三つの情報のうち、二つを失ったからできた……とか言ってたな。ほぼ理解不能で八割ほど聞き流してたが。 「朝倉涼子の行為は、注目に値する」 「それはつまり……長門にとって、今の朝倉も観察対象に含まれるってことか?」 首を縦に振って首肯する長門に、俺は心内で頭を抱えた。 それが長門自身の判断じゃないことは、まぁ……わかっている。こいつもいろいろ俺たちを手助けしてくれているが、宮仕えの立場だ。俺と親玉の意見が対立した場合、どちらの意見を優先させるか? なんて話は、考えるだけ無駄だろう。 「だから……不可能って言いたいのか」 「そう」 回りくどい言い方だが、つまり朝倉とミヨキチを切り離すのは『可能』だが、それを実行するのは『不可能』ってわけだ。長門にだって立場はある。無理強いは……できないよな。 「これだけは教えてくれ」 問いかける俺に、長門は視線だけを向けてくる。その無言を問いかけることへの許可と受け取って、俺は尋ねる。 「朝倉は、何をしようとしてるんだ?」 しばしの無言。そして。 「感情のコントロール」 と、長門は答えになっていない答えを口にして、腰を上げた。 月曜日。学校やら会社やらが始まる一週間の始まりは、大多数の人間にとって気分も沈みがちになる日であることは間違いない。俺なんか、足に一〇〇キロの鉄球をくくりつけられてマリアナ海溝に沈められてるくらい、落ち込んでるがな。 そんな鬱々とした気分を神様は察してくれたのか、登校中は谷口やら国木田なんかと顔を合わせることなく教室にたどり着いた。 教室には、すでにハルヒがいた。片肘を突いてボーッと窓の外を眺めている。それこそ、いつUFOが窓の外を通過してもかまわないと言いたげに凝視していた。いつもと変わらないハルヒの姿だ。 それを見て、俺はややホッとする。どうやらミヨキチ──もとい朝倉は、この時点ではまだハルヒに直接接触はしてないようだ。 気が気じゃなかった。 朝倉はハルヒの変化を求めている。俺の目の届かないところでハルヒにちょっかいをかけて、非常識なことをされたらたまったもんじゃない。 「なに?」 俺の視線に気づいたのか、窓の外を眺めていたハルヒがこちらに顔を向けて訝しげな表情を浮かべる。こいつには人の視線から質量を感じ取るセンサーがあるらしい。 「おはよう、ハルヒ」 「気味悪いわね、普通に朝の挨拶なんて。あんた、いつも言語障害にかかってるんじゃないかってくらい素っ気ない挨拶しかしないのに」 どうして朝の挨拶ひとつにそこまで辛辣なコメントを言えるのか問いつめたい衝動に駆られたが、人間、一日に消費するエネルギー総量は決まってるんだ。無尽蔵にわき出るエネルギー源を持ってるハルヒと一緒にしないでもらいたい。ハルヒの嫌味に肩をすくめて、俺は自分の席に腰を下ろした。 「どうしたの? なんかちょっと変よ。悩み事?」 「いつも通りだろ? 気にするな」 「ふーん」 俺の言葉にハルヒは「ウソおっしゃい」と言わんばかりの視線を投げかけてくる。 「ま、悩み事があるなら相談に乗ってあげるわよ。あんたも一応団員だからね、特別価格で学食一食分で聞いてあげるわ」 聞くだけで解決しないのかよ。そもそもおまえに相談して事態が好転するとはとても思えん。さらに言わせてもらえば、外から持ち込まれた依頼は無料で、俺の悩み相談は有料とはどういう了見だ。 「それはそうと、今日の放課後は今週一週間の活動内容を決める会議だからね。必ず出席すること! 勝手に帰るんじゃないわよ」 「そんなの、今まで決めてたか?」 「最近、みんなたるんでるんだもの。ビシッと一週間の目標を決めておいた方が張り合いが出るってもんでしょ」 俺は朝倉のことでいっぱいいっぱいなんだが、これ以上、張り合いのある一週間になんぞしたくない。が、そうも言ってらんないわけだ、この団長様を前にすれば。 「わかったよ」 ため息混じりに、俺は頷いた。 午前中の授業を乗り越えて昼飯時。ときどきハルヒが「ちょっとキョン、今閃いたんだけど聞いてよ」なんて言いながら背中をシャーペンでつついてきたが、それでもつつがなく乗り越えた今、俺はそこでひとつ失敗していたことに気づいた。 鞄の中に弁当がない。どうやら忘れてきたらしい。健全で健康的な日本男児たるもの、昼飯抜きで午後を過ごすのは、傭兵にカレー粉の支給がないのと同義だ。 財布を引っ張りだし、中身を確認。くっそぅ……被害は甚大だ。とても学食に駆け込むだけの兵力は足りていない。誰かに金を借りようとも思ったが、損得勘定抜きで俺に慈愛の手を差し伸べてくれる相手の心当たりがないことに愕然とした。 意外と俺、友だちに恵まれてないんじゃないか……? まぁ、いい。ここは仕方がない。腹の中に何も詰め込まないのは危険と判断し、購買部でコッペパンのひとつでも購入しよう。 そう思って購買部で物色していたそのとき。 「あら」 と、世にも珍しい珍獣を偶然発見したかのような驚きと戸惑いが混じり合った声が、俺に向けられた。 女性の声である。俺を見て声を掛けてくる相手なんて、ハルヒか朝比奈さん、あるいは鶴屋さんくらいだが、珍獣を発見したような声を出すことはない。出されたら、それはそれでショックに感じるのは俺が繊細だから、ということにしておいてほしい。 そこにいたのは誰であろう──生徒会の書記にして正体不明のTFEI、喜緑江美里さんだった。さん付けなのは、立場的には上級生だから、と理解していただきたい。 「あ、ども」 「その節は大変お世話になりまして、とても感謝しております」 どこぞの貴婦人のように慎ましやかな微笑みとわずかに首を傾ける会釈を交えて、喜緑さんはそう言う。それがカマドウマ事件のことか、それとも文芸誌作りのことか、はたまた別のことなのか俺にはわからなかったが、とりあえず「はぁ、こちらこそ」と返事をしておいた。 「お昼はパンだけですか?」 「え? ああ、弁当を忘れてしまいまして。財布の中もついでに忘れたみたいで、パンくらいは食っておこうかなと」 「まぁ、それは大変ですね。ああ、それでしたら」 と言いつつ、喜緑さんは自分の財布から千円札を取り出すと俺の胸ポケットに押し込んだ。 「え? あの」 「お貸しいたします」 「いやでも、いいですよ。悪いです」 「いえいえ、貴方にはいつもお世話になっておりますし、困っていらっしゃるのを見過ごすのは気が引けてしまいます。少しくらいの恩返しをするのも道理かと思いますので。お返しいただけるのなら、長門さん経由でも構いませんから」 「そ、そうですか。それじゃお言葉に甘えて」 それほど親しい人ではないが、金がないのも事実だし、せっかくのご厚意を無下に断るのも失礼というものか。俺は有り難くその申し出を受け入れることにした。したんだが……。 「あの、何で俺に声かけてきたんですか?」 長門ともつかず離れず、微妙な距離を保っている人だ。文芸誌作りの話が持ち上がらなければ、俺には長門と同種だってことにさえ気づかなかったくらい距離を空けていたのに、ここで声を掛けて来るのは意外だった。 「いえ、もう貴方はある程度のことをご存じのようですし、それに……今は大変そうに見えましたからつい……と言ったところでしょうか」 「はぁ……」 俺は弁当を忘れたくらいで、そんな悲愴な顔つきをしてたのか。情けないというかみっともないというか……切ない気分になるな。 「それでは、また」 会釈をして去っていく喜緑さんの後ろ姿に感謝しつつ、俺は学食へと向かうことにした。 喜緑さんの援助でなんとか乗り越えた昼休み。思えば学食で飯を食うなんてことは入学してから初めてのことかもしれないと思いつつ、その味はハルヒが通うだけあってなかなかのものだった。金に余裕があるときは、今度から通ってもいいかなとさえ思ったくらいだ。 ま、SOS団に所属している限り、俺の財布が潤うことなんてなさそうだがな。 ともかく、満たされた腹で満足しつつ午後の授業を受けている。五時間目の授業からハルヒは寝息を立てているようだが、それで俺より成績がいいのは釈然としない。俺だって眠いさ。 いっそのこと教師に見つかって怒られろと毒電波を放ってみたが、こいつには不可視シールドでもあるのか、さっぱり見つからない。俺の念力じゃ蚊とんぼさえ落とせないのは重々承知しているが、ここまで鉄壁だとイタズラでもしたくなるってもんだ。 もっとも、運命の神様は授業中に寝こけているハルヒじゃなく、俺にイタズラをしたいようだ。六時間目の授業がそろそろ終盤を迎え、まもなく放課後という頃合いだったか。 バイブレーションモードにしておいた携帯が、俺のポケットの中でぶるぶる震えていた。 授業中に携帯を取り出すのは御法度だが、もしかすると緊急の用事かもしれない。ばーちゃんが倒れたとか、おじさんが事故にあったとか、その手の話かもしれないだろ。 こっそり携帯を取り出してみる。電話ではなくメールだった。授業を受けてるふりをしつつ、メールを開いてみると、ただ一文だけ『窓の外』と書かれてあった。 なんのこっちゃ? イタズラか間違いか知らないが、意味もなく文面に釣られるように窓の外に目を向ける。 「げっ」 上でも中でもない。まさに下の『げ』の存在がそこにいた。 弁当を忘れるとかちょっとしたハプニングはあったが、おおよそいつもと変わらぬ日常を過ごしていて、やや危機感が薄れていたらしい。それだけにショックはでかい。 ミヨキチ──というか朝倉が、何故か北高の中庭でランドセルを背中に、俺に向かって手を振っていた。だが驚いたのはそれだけじゃない。 何故か……どういうわけか、その隣には、俺の妹も一緒だった。 次のページへ
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長門「………もち巾着」 長門「………今日の夕食はおでん」 長門「………♪」 長門「………私は長門有希」 長門「………あ」 朝倉「あら。お久しぶりね」 長門「………ひさしぶり」 朝倉「お元気そうね。どう? あのSOS団とかいう集団とは、その後も仲良くやってるかしら?」 長門「………もち巾着」 朝倉「……そう」 長門「………そう」 朝倉「……もち巾着なの」 長門「………もち巾着」 長門「………なぜあなたがここに」 朝倉「ふふふ。驚いた? そうよね。1年近く前に情報連結を解除された自分のバックアップが、こうしてまた有機生命体として存在しているんだものね」 長門「………あなたの目的は何」 朝倉「そう質問してくると思ったわ。でも安心してくれていいわよ。私の目的は彼の命ではないんだから」 長門「………」 朝倉「疑ってるの? じゃあ情報統合思念体にアクセスしてみるといいわ。私がキョンくんの命を狙って復活したわけではないことを確認すれば?」 長門「………本当に?」 朝倉「嘘なんてつかないわ。彼を狙ったところで、どうせまたあなたに阻止されるだけだもの。成功確率の低い行動を優先するなんて合理的じゃないでしょ?」 長門「………ならいい」 朝倉「私の目的はただひとつ」 長門「………来て」 朝倉「え? 場所をかえるの? どこに行くのかしら?」 長門「………私のマンション」 朝倉「まあ長い話になるかもしれないし。ゆっくりお茶でも飲みながらっていうのも悪くないわね」 長門「………あなたは、ダシを取る係り」 朝倉「……だし?」 長門「………そう。私はご飯を炊く係り」 朝倉「あの、長門さん? 話がみえないんですけど」 長門「………喜緑江美里は野菜を切る係り。準備は万端」 朝倉「だから、何の話なの?」 長門「………もち巾着」 朝倉「……ああ。おでん」 長門「………そう」 朝倉「……そうなの」 ~~~~~ 長門「………もぐもぐ」 朝倉「ほら、長門さん。ちゃんと口元ふいて。汁がたれるわよ」 喜緑「朝倉さん、ご飯のおかわりをよそっていただけるかしら」 朝倉「それくらい自分でしてよ。はい」 喜緑「ありがとうございます」 朝倉「だめよ、ご飯ばかり食べちゃ。ご飯とおかずを交互に食べないと。効率が悪いでしょう」 喜緑「ご飯を食べていると、ついついご飯ばかり食べてしまうの。ご飯もおかずも同時に食べられるなんて、朝倉さんは器用ね」 長門「………もぐもぐ」 朝倉「長門さん、はんぺんとかもち巾着ばかり食べてちゃダメよ。ちゃんと野菜も食べないと。はい、大根」 長門「………いや」 長門「………もぐもぐ」 喜緑「まあまあ、朝倉さん。いいじゃありませんか、野菜を食べないくらいでそんなにかりかりしなくても」 長門「………朝倉涼子はもっと喜緑江美里をみならうべき」 喜緑「うふふ。長門さんったら」 朝倉「こいつら……」 朝倉「ま、まあいいわ」 朝倉「私はね、あなたたちと仲良くおでんをつつくために還ってきたわけじゃないの」 長門「………醤油をとって」 喜緑「はい、どうぞ」 朝倉「私はね。涼宮ハルヒの情報観測をのんびり見守るあなたたちに愛想つかした急進派から、ある特命を帯びて再派遣されたのよ」 長門「………喜緑江美里はおでんにからしをつける派?」 喜緑「私は辛い物が苦手なので、からしはつけませんわ」 朝倉「涼宮ハルヒの情報観測を阻害する存在、谷口を抹殺するためにやってきたのよ!」 長門「………からしをつければ、味のアクセントが強調されて食が進む」 喜緑「でも、辛い物を食べると舌や唇が痛くなって、熱いお料理が食べられなくなるじゃないですか」 朝倉「進化の可能性の幅を広げる涼宮ハルヒに精神的ストレスを与えてそのチャンスを奪う存在、下衆谷口。あれがいなくなれば、より効果的に情報が収集できるのよ!」 長門「………このすり身おいしい」 喜緑「朝倉さんの作ったダシ汁がよくしみているんですね。とてもおいしいですわ」 朝倉「ちょっと2人とも。さっきから熱弁している私を無視して何を淡々とおでん食べているのよ」 長門「………無視とは心外。ちゃんとあなたの話は片手間に聞いている」 朝倉「片手間に!?」 喜緑「長門さんの言うとおりですわ。私たちは、朝倉さんのお話を聞いていなかったわけではないのですよ? ただ単に興味がなかっただけなのですのよ」 朝倉「興味がなかっただけ!?」 長門「………まあまあ。落ち込まないで」 朝倉「……落ち込んでなんかいないわよ。私は冷徹な殺人マシーンなんだから」 長門「………自虐的になるのはよくない。そんな時は、この料理」 朝倉「おでん食べてもこの不愉快感は……って、鍋に大根しか残っていないじゃない!? 私まだこんにゃくしか食べてないのよ!? これじゃただの大根の煮物じゃない!」 喜緑「まあまあ。そう言わず。朝倉さんの作ったダシはとてもおいしいですよ。騙されたと思って召し上がってごらんなさいな」 朝倉「騙されたと思って!? 誰が栄養配分にまで気を配って作ったと思ってるのよ!」 長門「………今夜は朝倉涼子との、実に一年ぶりの再会を祝しての食事会。大らかな心で許してほしい」 朝倉「私との再会を祝した食事会? ダシ係に命じただけでなく、食器配膳係やご飯をよそう係、お茶くみ係、挙句の果てにカセットコンロに点火する係やテレビのチャンネルを変える係まで私に押し付けておいて、私との再会を祝う!?」 長門「………そう」 朝倉「そう、じゃないわよ! あなた私のことを馬鹿にしてるんでしょ? ねえ、そうでしょ!? 人畜無害な女の子みたいな涼しい顔してるくせに、腹の底では実力で劣る私を見下してからかってるんでしょ!? 分かってるわよ、それくらいこと! そうならそうとはっきり言いなさいよ!」 長門「………そうじゃない」 朝倉「そうじゃない!? だったらどうだって言うのよ! なんのつもりで私をからかって遊んでるのよ!」 喜緑「ちょっと待って、朝倉さん」 長門「………」 朝倉「黙ってちゃ分からないわよ! なんとか言いなさいよ、この厚顔無恥な主流派め!」 喜緑「朝倉さん!」 朝倉「!? な、なによ……」 喜緑「ご飯おかわりです。よそってくださいな」 朝倉「……空気よめ」 長門「………怒らないで」 朝倉「怒らないで? 誰のせいで怒るはめになったと思ってるのよ!」 長門「………そんな時は、これでも食べて落ち着いて。はい大根」 朝倉「いらないって言ってるでしょ!」 パシッ 長門「………あ……」 喜緑「お大根が……」 朝倉「ちゃんと真面目に話を聞きなさいよ」 長門「………」 長門「………頑張って、野菜切ったのに……」 長門「………ぅうう」 ダッ 喜緑「あ、待って長門さん!?」 朝倉「な、なによ。大根をたたき落としたくらいで。泣きたいのはこっちよ」 喜緑「朝倉さん」 朝倉「な、なに?」 喜緑「ちょっとそこに座りなさい」 朝倉「最初から座ってるんですけど」 喜緑「口答えするんじゃありません」 朝倉「いや、口答えじゃなくて。もう座ってるんですけど」 喜緑「朝倉さん。あなたは長門さんのお姉さんでしょ? もっと寛大な心で接してあげないといけませんよ」 朝倉「私の方が年下なんだけど。外見的には判断できなかもしれないけど、長門さんが長女なのよ」 喜緑「そんな言い訳は聞きたくありません」 朝倉「言い訳を聞きたくないんじゃなくて、あなたが自分に対する反対意見を聞きたくないだけじゃない」 喜緑「姉として、妹の言うことはちゃんと聞いてください」 朝倉「このタイミングで開き直らないでよ」 喜緑「確かに長門さんは感情の起伏を表に出さない人だから気づきづらかったかもしれないけれど。でも彼女は、本当はあなたが帰ってきて喜んでいたのよ?」 朝倉「まさか……」 喜緑「本当よ。確かにあなたに対して冷たく当たっていたかもしれません。いじわるなことをしたかもしれません。でも、それは愛情の裏返しなの。嬉しくて、ついついやっちゃった、そんなかわいらしい子ども心なのよ」 朝倉「………」 喜緑「長門さんだけじゃないわ。私だって嬉しかったわ」 朝倉「喜緑さん……」 喜緑「本当に嬉しかった。久しぶりにカレー以外の物が食べられたんですもの。あなたが帰ってきてくれたおかげで、久しぶりにご馳走が食べられた」 朝倉「長門さんよりあなたの方がたちが悪いわね……」 喜緑「あなたには分からないのよ。お料理のできない長門さんは、カレー以外のものを食べたくなっても作ることができない。だから仕方なくレトルトカレーに走ってしまう。それがあなたに責められて?」 朝倉「責めることはできないけれど……じゃあ、あなたが作ってあげなさいよ」 喜緑「もちろん私だって長門さんの力になってあげたかったわ。でもできないのよ。私には」 朝倉「……穏健派は、見守ることしか許可されていないから、かしら?」 喜緑「私はハヤシライスしか作れないの」 朝倉「最悪の組み合わせじゃない」 ~~~~~ 朝倉「あの……長門さん……?」 長門「………」 朝倉「………」 朝倉「ほら。いつまでも押入れに立てこもってないで。出てきなさいよ」 長門「………やだ」 朝倉「はあ……」 朝倉「悪かったわよ。怒ったりして。謝るから、許してよ。仲直りしましょ? だから、そこから出てきてよ」 長門「………うそ」 朝倉「本当よ。なんなら、情報統合思念体にアクセスしてみたら?」 長門「………」 長門「………」 ガラ 朝倉「やっと出てきた」 長門「………」 朝倉「ごめんね。ちょっと頭に血が上っちゃったわ。インターフェースらしくもなかったわ。反省してる」 長門「………」 フルフル 長門「………ちがう」 朝倉「え?」 長門「………ちがう。謝らないといけないのは、あなたじゃない。私の方」 朝倉「長門さん……」 長門「………ごめんなさい」 朝倉「……ううん。いいのよ。やっぱり悪いのは私。長門さんは何も悪くない。私が短気だっただけのこと」 長門「………ちがう。ちがう、ちがう。私がいじわるしたから。だから、朝倉涼子が怒ってしまった。私が悪い」 朝倉「そう」 朝倉「長門さんは、私が怒ったこと、許してくれる?」 長門「………うん」 朝倉「よかった。私も、長門さんが私にいじわるしたことを許してあげる」 朝倉「これでおあいこ」 長門「………うん」 ~~~~~ 朝倉「きれい。1年ぶりだけど、やっぱり屋上からの景色は変わっていないわね」 長門「………ここにいると、自分がインターフェースであることなど忘れてしまいそうになる」 朝倉「本当に」 長門「………」 朝倉「………」 長門「………あなたは、行くの?」 朝倉「うん。それが、私が還ってきた理由だから」 長門「………そう」 朝倉「うん」 長門「………また、一緒におでんを食べよう」 朝倉「うん」 長門「………谷口を刺したら、またここに帰ってきて」 朝倉「もちろん。谷口を刺し終えたら」 長門「………」 朝倉「………」 朝倉「今度は、どんなご馳走を作ってくれるのかしら?」 長門「………今度?」 朝倉「そうよ。今日は私、結局こんにゃくしか食べてないんだもの。食事会なんて呼べるものじゃなかったでしょ?」 朝倉「だから、今度こそ。おいしいご馳走でお出迎えしてよ」 長門「………私のレパートリーはカレーとおでんだけ」 朝倉「料理のレパートリー2つしかないの? なによ、そんなんじゃ彼のハートは射止められないよ」 長門「………大きなお世話」 朝倉「あら。怒った?」 長門「………別に」 朝倉「今度は、私が作ってあげる」 朝倉「日頃食生活に偏りのあるあなたたちのために、私が腕によりをかけてご馳走を用意してあげるわよ」 長門「………本当?」 朝倉「もちろん! 長門さんにもお料理を教えてあげるから。ちゃんとお勉強するのよ?」 長門「………する」 喜緑「お話は終わったかしら?」 朝倉「うん。あなたにも悪いことしたわね。怒鳴ったりして」 喜緑「いいえ。結構ですわ。それより」 朝倉「ん?」 喜緑「私のおかわりはいつになったよそってもらえるのでしょうか」 朝倉「空気よめ」 長門「………応援している。がんばって」 朝倉「ええ。絶対に谷口の息の根をとめてくるわ!」 ~~その頃、谷口は~~ 谷口「ふひふひひ」 谷口「この漫画おもしれ」 谷口「ほっほほほほ」 谷口「うへ? おほ、やべえwwww」 谷口「屁が出るぞぉ! 屁が出るぞぉ!」 谷口「放屁注意報発令でござる!」 谷口「スリー! トゥー! ワン!」 谷口「チューリッ!」 プゥ 谷口「………」 谷口「……………」 谷口「……………………やべえ」 谷口「実まで出ちゃった……」 もらしていた。 つづく